多賀マークの教室日記

教育にかかるよしなしごとを、つれづれなるままに・・・。
「教育」というと、力の入った人か、アウトサイダー的な方かの両サイドが目立つ。
僕は、港と山にかこまれた神戸という風土で肩を張らず、妥協もせずに見つめてきた目から、今を語りたい。

親力⑭ ※ 子どもがいなくなってもいいような自分の世界を持っている 

Posted By on 2022年2月20日

※ 子どもがいなくなってもいいような自分の世界を持っている
 親が子離れできないことの要因の一つが、子どものために人生を捧げてしまうような献身の姿勢にあります。
 子どものために必死になり、自分の全てを子どものためのことにかかりきりにする。それは、一見、美しいことのように見えます。ネグレクトやDVの親から見れば、かなり素晴らしいことのように見えます。
 はたして、そうなのでしょうか。
 子どもへの力の注ぎ具合は、もちろん子どもの年齢にもよると思います。生まれてから三年間ぐらいは子どものためだけに生活する時間があってしかるべきでしょう。でも、そこから少しずつ自分の時間を持たなければいけないと思うのです。
 自分のやりたいことをする、自分の夢をかなえるために頑張る時間を持つべきなのです。そうしないと、子どもが自立したときに自分には何も残っていないということになりかねません。
「子どもの成長を見るのが、生きがいです。」
という方もおられるでしょう。でもね、そんなの当たり前のことであって、自分の遺伝子が成長していくのを見ることは至福の喜びです。
 だからといって、自分の人生を全てそのこと(子育て)だけに注ぎ込んではいけないのではないでしょうか?
 仕事でも趣味でも、自分の人生を充実させていかないと、子どもが巣立った後は、残りかすになってしまいますよ

親力 ⑬

Posted By on 2022年2月19日

⑥ (親の)自立力
 自立力というのは、大人としては当たり前のことです。自分のことは基本的に自分でできて、生活力もあるのが大人です。
ところで、ここで言う自立とは、親が子どもから自立しているということです。
 簡単に言うと、子離れができているかということです。

※ 子どもは親の所有物ではない
昔、担任した子どもで、お母さんが過保護と言っていいほど、子どもの何もかもを管理する方がいらっしゃいました。詳しくは申せませんが、友達から食べ物まで、全てを管理していました。子どもはそれにべったりと乗っかって、お母さんの言いなりでした。
 心配した周りのお母さんたちが、ある時、ちょっと子どもに干渉しすぎてないかと注意をうながしました。
「あなた、子どもはいつまでもあなたの保護のもとで生きていくわけにはいかないのよ。子どもが年をとって、独身とかになったら、どうするの?」
と言うと、
「そしたら、私が一生我が子の面倒をみますよ。」
と、すましてお応えになったそうです。
 この方は、子どもから自立する気持ちもないようです。

 子どもは保護の必要な存在です。そして、親は子どもに愛情を注いでいきます。しかし、その愛し方も子どもの成長と共に変わっていかねばなりません。いつか子どもは親から離れて一人で飛び立っていくのですから。
 いつまでも子どもの世話をやいているわけにはいきません。
 そのいつか離れるときを見越して、少しずつ手を放していかねばならないのです。一生、目を離すわけにはいきませんが・・・。
 幼な子は、手がかかります。愛情も手もかけて育てます。それでも、ほんのちょっとしたときに子どもが自分でやろうとしたときには、その子が失敗するまで見届けてあげるのが、子育てです。
 こけても大したけがはしないだろうというところで、こけてどうするかを黙ってみていることが、子どもが自力で立ち上がる力を育成するのです。こけかけたら、ぱっとそばへ行ってこけないように手助けをするのは、教育とは言えません。

 子どものことはいくつになっても気になります。当たり前です。大事な我が子なのですから。
 しかし、いつも手助けをしていたら、いつまでたっても子どもは自立していきません。これは、
「何歳になったら、ここまで手を放す。」
というような数式にあてはめて考えることができません。子どもの個性や取り巻く環境によって変わります。
 僕の母親は、小さい頃に腎臓を患った僕の体調をいつも心配していました。
「眼瞼が腫れたら危ないんだよ。」
と、いつも言っていました。
 大人になって就職して、徹夜で仕事をしていたらやってきて
「早く寝ないと体にさわる。」
と言っていました。僕にはそれがうっとおしかったのです。しだいに母親との距離を置くようになっていきました。
 今、この歳になっても元気でいられるのは、母の献身的なかかわりのおかげだと心から感謝していますが、それでも僕は母親との関係は母が亡くなるまで良くなかったのです。
 子どもに自立させるのは、リスクを伴います。でも、最後に決定するのは子ども自身なのです。それを邪魔しないようにしないといけませんね。

親力 ⑫

Posted By on 2022年2月18日

⑤ 信頼力
 これは、子どもに信頼されるということではなく、子どもを信頼できる力のことです。
 親は子どもを信じたいという方がほとんどですが、時には盲目的に信じてしまって、子どもの事実を受け入れられない方もおられます。
「うちの子に限って・・・」
という言葉が口をついて出てくる方です。
 こういう方は、学校の先生や周りの人たちにとっては、困った方なのですが、最終的には、子どもがゆがんだ形で成長していくので、大きなマイナスとなることでしょう。
 一方、子どもというものは、ときどき、親も信じられなくなるような言動をとることがあるものです。そんなとき、どうすれば子どもを信じることができるのでしょうか?

※ 子どもの将来を信じられる
 子どもが問題行動を起こしたとき、親は少なからずショックを受けます。これまで信じていたことが、がらがらと崩れ落ちていくような気持ちになります。
 また、何度も注意や叱責を繰り返しているのに、全く改善されないようなときには、どうしていいか困ってしまいます。
 あるとき、お母さんが懇談で泣きながら
「うちの子、どうしたらいいんでしょうか。自分の非は全く認めようとはしないし、人にはくってかかるし、大人には逆らうし、私の言うことなんて全然聞いてくれません。」
とおっしゃいました。
 この子は下の学年の子どもからやっていたことを指摘されて逆切れして、下級生に食って掛かったのです。この件では、下級生のお父さんが学校に来られて僕と話をしたほどでした。僕も、正直困っていましたが、お母さんには、
「今、あの子のしていることには、認められることはないかも知れません。でもね、お母さん。あの子の将来を信じて待ちましょうよ。お母さんが見放したら、誰もあの子を信じる人がいなくなってしまいますよ。」
と言いました。
 その子は立派に成長して、いいお母さんになって、友人たちにも恵まれています。
 今、たとえ信じられない言動が目立っていたとしても、その子の将来を信じて、今を教育するということが、子育てには必要な時もあるのです。

※ 子どもに任せることができる
 親は、子どもに任せきることが、なかなかできません。小さな事なら、我慢して見ていることはできるかもしれませんが、時間のないとき、一人では解決が難しそうなときに、
「一人でがんばってみたい。」
と言われても、手や口を出してしまうものですね。
 まして、失敗すると分かっていたら、その前になんとかしてやりたいと思うのは、当然の親心です。
 しかし、そこで手を出すことによって、子どもは「失敗する」という大切な経験をしないままになってしまうのです。失敗は決して無駄にはなりません。
 失敗すると分かっていても、子どもに任せてやり切らせるという心を持ってほしいと思います。

親力 ⑪

Posted By on 2022年2月17日

 ※ ギャグ力
 これは関西人とそうじゃない地方とでは、若干ニュアンスが違っていると思います。関西では、子どもたちもギャグを理解していて、ベタなギャグを受け止めてくれます。
 あまりにもつまらないダジャレを言ったりすると
「今日は寒いなあ。」
とか、
「しょうもなー。」
とかいうように、何らかの反応を示してくれるのです。
 話をしていて、
「今の話、落ちは何?」
なんて聞く子どもも出てきます。
 関東ではー――。
 昔、僕が私学の日小連国語部の全国委員長をしていたときのことでした。東京で私学の研修会があり、開会の挨拶をした時に、僕はつまらないギャグを言ったのです。西日本では、
「また、多賀先生、あほな事言ってるわ。」
と、笑い流してもらえたことでしょう。
 ところが、東京や関東のみなさんが多い大会だったので、僕がギャグを言ったとき、ほとんどのみなさんが「なるほど」というように真面目な顔をして、うなずかれたのです。
 あとで西日本の連中に
「多賀先生、あの挨拶すべってたで。」
と言われましたが、関西と関東とでは、それほど違いがあります。関東では、全国委員長のような立場の人間は、くだらないギャグは飛ばさないものなのですね。
 それから、自虐ネタもだめなようです。関西では自虐ネタは受けます。というか、偉そうなことを上から目線で語るだけでは、多くのみなさんが聞いてくださらないのです。だから、関西での公演では自虐ネタを時々入れます。関東で講演するときは、若干上から目線で話す方が、話を聞いて汲田セサルような感じがします。
 僕はギャグの基本は、自分を笑うことだと思っています。他者をあざけって笑うのは、僕には体質的に合いません。

 いずれにしても、ユーモア力は、身に着けるのが難しいものです。ユーモアのある人ってうらやましいですよね。
 落語やお笑いを視聴することです。そうすれば、少しはユーモアの感覚ができてくるでしょう。
 そして、ユーモアあふれる絵本を子どもたちに読んであげるのも一つの手だと思います。
「ふるやのもり」(瀬田貞二、田島征三 福音館書店)
「世界一ばかなわたしのネコ」(ジル・バシュレ、伊勢英子 平凡社)
「ありんこぐんだん」(武田美穂 ポプラ社)
「ぴっけやまのおならくらべ」(かさいまり、村上康成 ひさかたチャイルド)
「なんでやねん」(中川ひろたか、あおきひろえ 世界文化社)
等々、いくらでもありますよ。

親力 ⑩

Posted By on 2022年2月16日

 ※ 冗談力
 気軽に冗談が言えたり、冗談を言い合えたりするムードを作ることのできる力です。冗談も言えないような家庭は苦しくて息が詰まりそうです。
 昔はそういう家庭は多かったのですが、子どもたちは外へ出るとたくさん逃げ場があって、寄り道もできたし、自然の中で遊ぶこともできました。今は、そういう機会がほとんどなくなって、子どもたちは家と学校とを真っすぐ行き来しています。放課後も塾やお稽古事、スポーツなどで時間がとられている子どももたくさんいます。
 そういう状況で、家庭に冗談を言えるようなムードがなかったら、きついですよね。

 ※ 笑い返し力
 起こった物事に対して、冗談やユーモアで切り返す力のことです。
 子どもが不適切な言葉を発した時、どうされていますか?全部まともに受けて、まっすぐに返していらっしゃいますか?
もしそうなら、売り言葉に買い言葉みたいになって、子どもとの関係を悪くしてしまっていませんか?
 子どもは時々大人を侮辱します。
「うるさいんじゃ!」
そういう言葉を吐いて、大人の反応を見ているのです。まあ、挑発しているようなときもあります。
「誰に向かってそんな言葉を吐いてるの!」
と言ってしまったら、負けですね。
 子どもの半分は、大人に向かって発している言葉だと分かっていて出しているのです。そんなものに乗って、同じ土俵に上がってやりあうのは、愚の骨頂です。
 また、残り半分の子どもは、思わず発してしまったんですよ、その言葉を。出した瞬間に
「しまった!」
と思っているんですよ。
 その相手に向かって
「なんなの、その言葉は!」
と、激怒した言葉を投げつけるのは、どうかと思います。大人は子どもよりも、何十年も先輩なんですからね。
 そういう暴言を吐かれたら、にこにこ笑って
「今のは、聞き間違いよねえ。」
というのはどうでしょうか。笑顔までは難しくても、
「聞かなかったことにするわ。」
ぐらいは言えるでしょう。激怒してしまわなければね。

親力 ⑨

Posted By on 2022年2月15日

※ 子どもの悪い面を丸ごと受け止める
 子どもの悪い面って、気になりますよね。前にも言いましたが、人は、できているところではなくて、欠けているところに目が向きがちなものです。
 さらに、自分の悪いところに似ていると感じたら、それは嫌なものです。自分がその性格のために苦労したことや嫌な目に合った経験を思い出してしまいます。だから、我が子にはそういう面を直してほしいと思うのは当たり前の感情ですね。
 さらに、自分の連れ合いの悪い面に似ているとなると、つい、
「嫌なところはお父さんそっくり。」
等と思ってしまって、嫌悪感さえ持ってしまいます。
 ところで、悪い面ってどういうところでしょうか?それは、その子の持つ個性なのです。個性は直すものではありません。活かすという発想が必要なのです。
子どもの個性は、僕は可能性だと考えています。そっちにどんどん伸びていく可能性なんです。個性というものを少し、あげてみましょう。
まず、マイナス面から。自分のお子さんが当てはまりますか。
① 細かいことにこだわりすぎる。しつこい。
② 何にでも口をはさむ。出しゃばり。
③ 無神経で鈍感、いいかげん
④ わがまま。自分勝手
⑤ ケチ。吝嗇家
⑥ おそい。ばかていねい。
⑦ 神経質。細かい。
どうでしたか。
僕は、④と⑦かなと思います。
では、これをプラス面から光を当てましょう。
① 「細かいことにこだわりすぎる。しつこい。」は、粘り強い。研究熱心とも言えます。
② 「何にでも口をはさむ。出しゃばり。」は、好奇心旺盛、探究心が強いことでしょう。
③ 「無神経で鈍感、いいかげん」というのは、気にしない性格で、おおらかだとも言えます。
④ 「わがまま。自分勝手」というのは、見方を変えれば、自己実現力が強くて自己主張ができるということにもなります。
⑤ 「ケチ。吝嗇家」は、倹約家や堅実さにもつながります。
⑥ 「おそい。ばかていねい。」な子どもは、じっくりタイプでしょう。
⑦ 「神経質で細かいことばかり気にする」性格は、繊細で心配りができる性格だともいえるのではありませんか?

ほら、違う方に変わるでしょう。
子どもはいろんな個性を持っています。まったく同じ個性の人間は、一卵性の双子以外は、この世に存在しません。
その個性のプラス面に光をあててあげてください。そうすれば、その子が本来、延びるべき方向へ延びていくことでしょう。

親力 ⑧

Posted By on 2022年2月14日

③ 包容力、寛容力
 子どもたちと対等であることは大事なことではありますが、親は、大人なのです。子どもは子どもで、絶対的に経験値が少ないのですから、同じ土俵で戦うというのは、どうかと思います。
 子どもたちに対する包容力、寛容力というものが必要です。これがないと、子どもと大したことでもないのに本気でやりあってしまいます。

※ 子どもの失敗、ミスを許せる
 子どもたちは失敗やミスを繰り返します。何度も繰り返すことがあります。
「何回言ったら分かるの!」
なんて言っていませんか?
 その言葉を言った時点で、アウトです。
 何回も言わないといけないということは、一回で子どもに届いていない可能性が大だということですよね。
 失敗をしたときに、子どもは、
「ああ、やっちゃったあ。」
という思いを持っていることが多いのです。そんなときに、
「何をやっていたの!」
と責める言葉は必要ありません。
 失敗したつらさや悲しみを受け止めてあげることの方が大事です。できれば、
「失敗は成功へのスタートだよ。」
と、前を向けるような言葉掛けをしてあげると良いでしょう。
 なんにも言ってほしくないときもあります。そんな気配を感じたら、そっとしておいてあげることです。
いずれにしても、失敗の後始末をするようにもっていってあげましょう、できれば自分の力で。

失敗しようと思って失敗する子どもはいません。

例えば、食事中にうっかりコップを倒してこぼしてしまったとき、それが以前にもあったことだったら、つい子どもを責める言葉を口にしてしまうものですよね。
倒してしまった子どもは、もうそのことだけで、つらく嫌なものです。親に叱られるんじゃないかと思う子どももいるでしょうね。
傷口に塩を塗る必要なんてありません。子どもの心を救ってあげる言葉掛けをしてあげましょう。
「大丈夫?けがはなかった?じゃあ、ふきんとってきて。」
と言って、一緒に後始末してあげれば、子どもの心は救われるでしょうね。

親力 ⑦

Posted By on 2022年2月13日

※ 子どもの表情を読み取る。
 今はマスクで子どもの表情も読み取りにくくなっています。ですから、おうちの中で一緒に暮らす親こそが、子どもの表情を読み取っていかないといけないのです。
 メンタリストのように、微妙な目の動きや口角の表現にまで目を止めるなどということは、普通の人にはできません。では、どうすればいいのでしょうか?
 ポイントは毎日見る、定点観測をするということでしょう、

 まず、毎日見るということから。
昔、酒鬼薔薇事件(神戸児童殺傷事件)というものがありました。
僕の友達の娘も犠牲になった痛ましい事件でした。
その後、少年Aと同い年の子どもたちの事件(西鉄バスジャック事件、豊川市主婦殺害事件等々)が相次ぎました。
 当時うちの娘も同い年でしたので、同級生の保護者から相談を受けることがありました。
特に父親が不安になりました。
「うちの子どもを見ていても、子どものことがよく分からないのです。」
という悩みでした。
 当たり前です。
ずっとよく観察することをしないでいたお父さんが、中二や高校生になってから、改めてよく見ようとしても、わかるはずがありません。
長い時間、毎日、それとなく表情を観察し続けてきた人だけが、子どもたちの変化に気付くことができるのですから。
 子どものことを毎日、よく観察しましょう。黙ってみているだけでいいのです。いろいろなことが分かってきますよ。

 次に、定点観測です。
 子どもが幼稚園、保育所、学校から帰ってきたときの表情を、いつもよく観察する習慣をつけましょう。
「ただいま」
という子どもに忙しいからと見向きもせずに、
「手を洗っておいで」
とだけしか言わないようなことを続けていませんか?
 子どもが返ってきた瞬間の表情は、外で子どもが何を体験してきて、どういう感情、気分で帰ってきたのかが、一番よく分かる瞬間です。
 
ケンカして帰ってきたときは、憮然とした表情をしているかも知れません。
いやなことがあったときは、落ち込んだ表情かも知れません。
何かいいことがあったときは、明るい表情をしていることでしょうね。
 できれば、そういう表情をくみ取って、ハグしたり話を聞いてやったりすることも必要でしょう。
ここを逃さないようにしましょう。

親力⑥

Posted By on 2022年2月12日

※ プラスの言動を見つけられる。
 子どもを観察する時に、どういう視座から子どもを見ているのかということが大切です。
 子どものネガティブな言動に目を向けていくと、たくさん見つかります。良いところを探すよりも、欠点を見つける方が簡単なのです。人は、どうしても欠けたところに目が向くのですね。できているところには、意識しないと目が向かないのです。
 例えば、三年生ぐらいからおうちの方が先生によく言う言葉があります。
「うちの子、最近、人の悪口ばっかり言うようになりました。」
というような言葉です。
 確かに、これまであまり他人の悪口を言わなかった子どもが、悪口を口にするようになったら、保護者は不安でしょうね。でも、「ばっかり・・・」はないでしょう。子どもは人の悪口を一日中話しているわけではないはずです。おそらく、悪口は話していることのごく一部なのに、それが「ばっかり」と感じてしまうのです。
 よく聞いていたら、そうではないことをたくさん話しているはずなのですよね。

 子どもの良いところを見るには、まず、できて当たり前だという観念を捨て去ることです。
「ある年齢に達していたら、このぐらいのことはできて当たり前だ。」
というようなことを、我が子にあてはめないことです。
 人によってできるできないは違います。同じことができるようになるためには、時間のかかる子どももいます。他者よりはずっと時間がかかっても、その子ができるようになるまでじっと待ってあげるのです。そして、できるようになったら、
「良かったねえ。」
と、一緒になって喜ぶことで、認めていくことができます。

 いつも、
「この子はどうしてこういう行動をとるのだろうか?」
という目で、子どもの言動を見つめ直しましょう。
 子どもの言動には、全て意味があります。
 一年生の時、夏休みにトラックに足を引かれて重傷を負った子どもがいました。二学期に投稿してきましたが、しばらくはいつも足を引きずっていて、もちろん運動はできませんでした。
 ある時、バス遠足へ行って、駐車場と現地との間に距離があって、帰りのバスに乗り込むまでに、少し距離を歩かないといけないということがありました。
 当然、足を引きずっている子どもは歩みが遅くて、みんなの後ろから少しずつ離れてしまいました。
 ところが、ふと見ると、一人の子どもがみんなの列から勝手に離れてゆっくりゆっくり歩き始めました。そして、最後尾の離れたところを歩いている子どものそばまで何も言わずに下がってきたのです。本来は、列を乱して下がってきたら注意するところなのですが、黙ってみていました。
 彼は一言も言うことはなかったのですが、その足を引きずる子どもと一緒にバスまで歩いてきたのです。
 この子は、友達と遊んでいる時に乱暴な言動が目立ち、みんなから非難を浴びることの多かった子どもです。
 バスに全員が乗り込んでから、僕はマイクを持って、
「みんな、静かに聴きなさい。」
と言いました。先生に何か叱られるのかと思った子どもたちは、神妙な顔をして、黙っていました。
 そこで僕は、足を引きずりながら歩いている友達に寄り添っていた子どもの話をしたのです。子どもたちは大声で
「〇〇、いいぞお!」
と声を上げ、拍手が沸き起こりました。

 従わなければならないルールというものはあります。でも、そのルールを守らなかった子どもの言動の裏にある思いを汲んで見直せば、子どもの良い姿が見えてくることがあるのです。

親力 ⑤

Posted By on 2022年2月11日

② 観察力
 子どもを観察して、子どもをよく知るということが、親力として必要です。ある程度一緒に生活していると、どうしても、
「うちの子は、こういう子どもだ。」
という固定観念が生まれてきます。
 しかし、子どもというものは、日々成長するものです。ただ、その成長のベクトルがプラス方向にもマイナス方向にも、どちらにでも向くものなのです。
 先入観を排して、自分の子どもをよく観察して、理解しましょう。
 観察には観点が必要です。「こんなところを見るといいんだよ」「こういうところに目を向けて見ると、子どものことが分かりやすくなるよ。」というような観点を増やすことです。

※ 子どもの身体的な変化を早期に見つけられる。
 ある時、四年生の女の子が、目をしばたたかせていることが多いことに気付きました。
「チック症状かな?」
と思ってよく見ていると、黒板の文字を見るときによくやっていることが分かりました。
「あなた、黒板の文字が見えにくくなっているんじゃないの?」
と聞くと、うなずきました。
 早速おうちの方に連絡したら、お母さんも分かっていなかったようで、あわてて眼科に行って、次の日に眼鏡をつけて出てきました。
 子どもたちの身体的な変化を感じ取って対応するというのは、子どもがのびやかに育つうえで大切な事だと思います。

 思春期とよく言いますが、思春期には体形の変化が起こってきます。身体の中でもごもごと何かがおこっているという状態ですから、子どもたちの心が不安定になります。
 男の子が顎やほっぺたを気にして触る姿が見られたら、おそらくはひげが生え始める前にそのあたりが分厚くなることの現れです。
 女の子が何かの動作の時に、ちょっと腕を体の横で縮めるような動作をしたら、胸が大きくなり始めたことの証かも知れません。
 三年生から五年生にかけて、女の子の身長が急に伸びたときは、生理の起こる可能性が高くなります。
 このように、思春期に入るときには、体の変化が伴っていることを認識していれば、あわてなくてすむでしょうね。