Posted By taga on 2014年10月22日
福山さんと語り合っていると、時間を忘れてしまう。
一緒にいる方の存在も、申し訳ないが、忘れてしまう。
それくらい面白い。福山さんも僕もよく話す。
でも、実は二人とも、ふだん人に語るときよりも、ずっと省略しながら話している。
説明が必要ないのだ。
ふつう、会話しているときは、相手の表情で説明を補足したり、次の話の枕を変えたりしている。
でも、福山さんと話していると、その必要を全く感じないのだ。
「刑事の勘みたいなものですね。」
と言うだけで、何を指しているのか、お互いに分かってしまう。
一年ぶりにお目にかかって、少し変わられたなと、失礼ながら感じた。
奥様に「この二年ですごく変わった」と言われたそうだが
僕でさえ、少し感じた。
この方はすごいなあ。
勉強を本気でしている人って、そういうことなんだろう。
勉強が自分を変えていくんだよなあ。
負けられない、僕も勉強しないと、と思わされた。
僕も福山さんも、今、同じ立ち位置で仕事をしている。
単なる初任研でなくて、複数年に渡る初任者の指導だ。
一年だけで終わる初任者指導とは全く違うのだ。
そのことが実体験として分かるのは、日本中でもそんなにたくさんはいないだろう。
福山さんと、僕たちにしかできないことをしていきましょうと一致した。
次世代を育てるために、我々が伝えられることは何かを
もっと模索していきたいと、夢がふくらんできた。
12月までの18講座を9月中に全部原稿を書き終えていると言ったら
「多賀先生は異常です。」
と言われたけど、福山さんには、言われたくないなあ。笑笑
Category: 未分類 |
福山憲市さんと語り合って はコメントを受け付けていません
タグ:
Posted By taga on 2014年10月21日
有田市の川奥の
熊野古道の通り道にあるすてきな学校で
保護者のみなさんに話をした。
ご許可頂いた感想を一部、アップする。
こういう感想を頂けると、行ったかいがある。
先生の講演をお聞きして、途中、何度も胸が熱くなりました。
高校一年生を筆頭に三人の子どもの親であり、
母親のベテランであるはずの中、子ども達は全く言うことを聞いてくれず、
日々の生活の忙しさから、余計にイライラは募るばかりの毎日でした。
でも、今日、先生のお話をお聞きして、
私自身がとても冷たい心で子ども達と接していることに気づき、
はっとさせられました。子ども達が思うように育ってくれないのじゃなく、
母親である私が子どもを信じ、子どもの話を聞き、
温かい心で子ども達の目には、映ってないことに、反省させられました。
家に早く帰って、子ども達に絵本を読んであげたい気持ちでいっぱいになりました。
お忙しい中、とても貴重なお話を聞かせて頂き、
どうも、ありがとうございました。
Category: 感想集, 未分類 |
和歌山の有田にて はコメントを受け付けていません
タグ:
Posted By taga on 2014年10月21日
この間、「ごんぎつね」の授業の指導をした西宮の新人の先生から
メールがきた。
「ごんは子どものきつねだと思っていたのは
全員でした。」
どこでもそうだろうなあ。
特に追手門と西宮市は、東京書籍を使っている。
「ごんぎつね」の挿絵は、どう見ても、かわいい子ぎつねにしか見えない。
光村図書の挿絵は、かすやまさひろさんの版画だが、
完全にごんは大人のキツネだと分かる。
挿絵の影響もあるのだろう。
Category: 国語教育, 国語教育 |
ごんは小ぎつね② はコメントを受け付けていません
タグ:
Posted By taga on 2014年10月20日
若手が四年生の「ごんぎつね」で人物設定をしていた。
「ごんが子どものきつねだと思うひとは?」
とたずねるとねほとんどの子どもたちが手を挙げた。
「この『小ぎつね』という字に注目してください。」
子ども「ほんとだ、子どもじゃないんだ。」
「小さい大人のきつねということなんですね。」
ここで終わったら、なんのために「小」をおさえたのかが、分からなくなる。
四年生である。
子ども達に教えなければならないことがあるのだ。
僕はこう言ってきた。
「同じことをしても年齢によって意味が変わります。
君たち四年生なら叱られることでも、幼稚園の子がしたら、笑ってすませてもらえることってあるでしょう。
例えば、幼稚園の子どもが素っ裸で走り回っても、注意されるけど、大したことじゃない。
君たちだったら『四年生にもなって、何をやってるんだ』と、叱られるだろうね。
もしも、先生がそれをやったら、どうなると思うかな?
軽犯罪として警察につかまります。そして、学校もクビになります。
つまり、同じことをしても、年齢によってその意味が変わるということです。
ごんが子どもじゃないということは、大切なことです。
それを頭において、読んでいきましょう。」
こういう指導がなされなければならない。
これは、文学を読み解いていく上での、視点の一つである。
子ども達は常に主人公と同化して読んでいこうとする傾向化ある。
そうすると、登場人物の人物設定と微妙にちがってくることがあるのだ。
Category: 国語教育, 国語教育 |
ごんは小ぎつね はコメントを受け付けていません
タグ:
Posted By taga on 2014年10月19日
僕は、学校では、スリッパでうろうろしない。
僕の部屋は図書室内にあって、そこは全員スリッパの部屋だから、
スリッパをはいている。
でも、廊下や教室では、上靴だ。
30年以上に渡って、ずっと靴を履いてきた。
理由ははっきりしている。
何かあったときに、対応しやすいからだ。
学校で火事、事件、事故が起こった時に、
スリッパではかけつけられない。
スリッパをはいていては、子どもを助けにくい。
そう思うから、ずっと靴である。
僕の当たり前は、世の中の当たり前ではないようで、
スリッパやサンダルの先生が、ときどきいらっしゃる。
靴を履いていて良かったと思った出来事には、一度も、遭遇しなかった。
それでも、履きつづける。
前の学校で、建て替えのために校外を歩いてプールへいくときがあった。
子どもを引率していくのに、先生がサンダル履きなのはおかしいと主張したが
あまり真剣には聞いていただけなかった。
僕の感覚がおかしいのかなあ。
ただの意地っ張りなんだろうか?
児童の安全を最優先すると、僕の結論になるんだけど、
なぜか、通じないものである。
Category: 未分類 |
2 Comments »
タグ:
Posted By taga on 2014年10月18日
子どもは異文化だと思っている。
理解はできても、変えることはできない。
イスラムの文化や考え方を理解することはできる。
でも、イスラムの考え方を、こちらから変えることは決してできない。
それが、異文化である。
子どもも異文化。
理解することまでで精一杯。
それを変えようとすると、無理がしょうじる。
受け入れて理解している存在になれば、
その子は、自力で自分の考え方を作っていく。
そんなものだと、どこか、僕は思っている。
Category: こどもの話, 学級教育 |
異文化 はコメントを受け付けていません
タグ:
Posted By taga on 2014年10月17日
子どもを観察するということは、
虫を観察するということとは、かなり違っている。
離れたところから観察することも、ときには必要だが
関わりながら観察するのが、教師の観察だ。
子どものそばにいて、子どもの息づかいを感じながら、
一緒に活動しながら(遊びながら)、
語り合いながら、
観察するということだ。
子どもと共にいつもありながら
子ども達に溺れてはいけない。
教師は、教室でただ一人の大人なのだから。
子どもに同化しないということは、
偉そうに言うことでも、大声でどなることでもない。
大人として冷静な眼を持つということだ。
その眼で観察しなければ、子どもをとらえることはできない。
Category: こどもの話, 学級教育 |
子どもの観察 はコメントを受け付けていません
タグ:
Posted By taga on 2014年10月16日
教師は子どもたちの前でぶれてはいけない。
叱るべきことは叱らねばならない。
でも、そこが教師のジレンマになる。
ぼんやりとした子どもを叱ったら、
いじめの種になるかも知れない。
でも、叱らなければ、
「なんであいつは叱られないんだ。」
というようなことになりかねない。
ここで、フォローというものが大切になってくる。
叱りながらもフォローを意識することだ。
いつ、どのような形で、子どもをフォローするか。
常にそのことを考えておかないと、いけない。
僕は、いつも、そういう子どもたちのフォローネタを持つようにしていた。
ネタさえあれば、いつでもフォローが出来る。
A君を叱った後の教室で、
「A君は、いつも後片付けを手伝っているね。」
というようなフォローをする。
ネタは、日ごろのていねいな観察から生まれる。
Category: こどもの話, 学級教育 |
ぼんやりした子への対応 はコメントを受け付けていません
タグ:
Posted By taga on 2014年10月15日
この言い方も断定的で良くないかな。
「ぼんやりに見える子ども」
と、言い換えた方が良いかも知れない。
こういう子どもは、行事のための練習では
叱られやすい。
集合にワンテンポずれる。
話がなかなか通らない。
従って、先生がイライラしやすい。
その子を待っていたら、日が暮れるような気持ちになる。
他の子ども達も、その子に対するストレスをためやすい。
「あいつのせいで、また、やり直しだ。」
「ぼうっとすんなよ。」
そんな思いを持ちやすいのだ。
それは、いじめの種になりやすい。
怖いことだ。
行事という特殊な状況の中で、子どもが疎外されていくのだ。
Category: こどもの話, 学級教育 |
ぼんやりした子 はコメントを受け付けていません
タグ:
Posted By taga on 2014年10月14日
神戸で僕が企画するセミナーは
全て、はっきりとした意図があるものにしていく。
正直、忙しくなってきて、自分で開催していくことは
かなりの負担になる。
でも、厳選していきたい。
◆ 3月21日(土) 低学年に特化したセミナー
桔梗さんと一緒に、1,2,3年に特化したセミナーをする。
いろんな方のセミナーを見ていて、
どうしても「子ども」のイメージが高学年に偏っているように思う。
低学年が中心の先生方もたくさんいらっしゃる。
それなら、低学年についてのセミナーをしたら
力になれるのではないかと思った。
集まりが悪かったら、ニーズがないということで、
二度とやらないが、ニーズを感じたら、続けていきたい。
◆ 4月4日(土) ロケットスタート・セミナー
昨年は飯村君に来てもらって、新年度のスタートに向けてのセミナーをして
早くから満席となる盛会だった。
今年は、山田将由君をお迎えして、新年度のスタートへ
待ったなしの具体的な話を徹底してする。
昨年と同様、懇親会は、Q&Aの会にしたいと思っている。
どちらもまだ告知しないが、
日にちは変わらないので、ご予定を。
場所は神戸の私学会館を確保している。
Category: 講座・研究会の案内 |
2 Comments »
タグ: