Posted By taga on 2018年12月30日
この一年、言葉だけでもなんだか嫌だなあと思ったものを
あげてみたい。
① 分かってない
専門家と称する人が他者をディスるときに使う言葉。人を認めない言葉。
② 一斉授業否定論
なんか意味があるのかなあ、こんなこと言うのに。対極にないことを対極であるかのように言う詭弁。
③ 化学変化
若手がよく使う言葉だが、水と水が出会っても水にしかならない。
④ 奇跡の○○○
これをテレビ欄で目にしない日はない。世の中に奇跡が多すぎる。
⑤ 平成最後の・・・
この言葉に重みを感じない。
⑥ リフレクション
「猫も杓子もリフレクション」と言った実践家がいた。僕も使う言葉だが、せめて「振り返り」にしたい。
⑦ 働き方改革
この言葉でいろいろな問題がごじゃまぜにされているような気がする。
⑧ 技能実習制度
多くの人は、実態を知らないだろう。日本語指導に行った先輩は、絶対に連絡先を教えるなと言われた。相談かけたら困るからだ。
⑨ 辺野古移設と南青山児童相談所問題
根っこが似ているような気がする。
⑩ 夫源病
言葉が嫌だ。
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僕の嫌いな今年の言葉 はコメントを受け付けていません
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Posted By taga on 2018年12月24日
教室で子どもが暴れる。
実は、最も問題になるのは、このことだ。
加害児童と被害児童が生じる。
加害児童のご家庭の対応の仕方も様々だ。
平身低頭して悩む方もおられる。
開き直って先生の責任だとおっしゃる方もおられる。
そのどちらも、悩み苦しんでいるということを忘れてはならない。
子どもへの愛情。
自分の教育との葛藤。
世間体。
さまざまなことが保護者を苦しめる。
教師は、授業中ならともかく、
休み時間まで全ての子どもたちの動向を把握することはできない。
でも、自分の責任だと落ち込む。
とれない責任まで背負ってしまう。
同僚がフォローに回るか、「あなたのせいだ」とセカンドアタックをするかで
その先生の苦しみが変わっていく。
そして、児童の思い。
暴れながら「止めてくれ」と心で叫ぶ子どももいる。
とるべき行動の分からない子どももいる。
暴れたら叱られる。
なんでかよく分からないときもあるのだ。
叱られながら、どんな思いをしているのだろう。
答えなき世界に見える。
だからこそ、
知恵を寄せ集めなければならないのではないだろうか。
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インクルーシブ教育って、簡単じゃない はコメントを受け付けていません
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Posted By taga on 2018年12月23日
あるきっかけから
全くの素人の僕がインクルーシブ教育に関わり
本を出したり各地で講演するまでになってしまった。
僕はあくまで専門家ではないという立場だ。
でも、多くの関係者と交わり、たくさんの公立小学校と関わる中で
考えてきたことがたくさんある。
ともかく今は、教室の「あの子」のことを
少しでも分かる人、考えようとする人を増やすことが大切だ。
残念ながら、
特別支援の一部の先生には
ご自分の専門性と経験からしか物が見えていない方がいらっしゃる。
インクルーシブ教育には、広い視野が必要だ。
通常学級で、できる限りの子どもたちが共に学べるように考えるのが
インクルーシブ教育。
そして何よりも、インクルーシブなんだから
LGBTも被虐待児も発達障碍の子どもも
全てを含んで考えなくてはならない。
さらに、インクルーシブ教育と言いながら、
自分の好き嫌いで人を選別してイクスクルーシブなことをしている方もいらっしゃる。
何をかいわんや。
今は、多くの人たちの知恵を結集して
考えていくことが最も大切だ。
僕はそのために微力ながらも活動していく。
些細な取り組みでも続けていく。
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Posted By taga on 2018年12月20日
昨日の授業と講演。
全てを本で通した一日。
この忙しい年末に小難しい話はやめたかったから。
2年生140人への絵本の読み聞かせは
まあ鉄板なので、失敗のしようがなかった。
「今日は、うんちとおしっことおならの絵本をたくさん読むけど
先生がうんちやおしっこを好きだというわけじゃないよ。」
と言うと、ザワザワ。
騒然としていたが、先生方が子どもたちに注意する間もなく
『おしっこぼうや』の読み聞かせをスタート。
案の定、子どもたちはすぐにこちらに集中する。
後は、絵本の力が子どもたちを引っ張ってくれた。
6年生のクラスでのブックトーク。
どうも予想とは違った男の子たちの反応に違和感を感じながらも
ふつうの授業と違い、途中で修正ができない。
本を順次紹介していくわけだから
変更がきかないのだ。
女の子たちはくいついてきたと思うが
男の子の何人かは、のりきれなかったみたい。
後ろで座って参観していた先生方の方がのってきていた。
敗因は、ほんの選択にある。
6年生の最期なのだから
ちょっと骨のある本を読んでもらいたいと思いすぎた。
このクラスの男の子たちは例年と比べても押さない子どもが多いそうだ。
その子たちに骨のある本ばかりを紹介したら
のれないよなあ。
ちょっと本のバリエーションが弱かったと思う。
まあ、こういうこともあるさ。
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Posted By taga on 2018年12月16日
エリザベスサンダーホームを設立し、自らも園長をされた、
沢田美喜さん。
親からも見捨てられ、
一歩外に出るとひどい差別を受ける混血孤児たちを守るため、
彼らを外の世界から隔離した。
悪意や敵視を受けるならば、それらから隔絶して生活させることで
子どもたちの心を守った。
孤児たちには厳しい方だったと言われるが
「ママ」と呼ばれて慕われていたそうだ。
悪意にさらされるならば、
そこから離れた方がいい。
その決意の深さを、最近思うことがある。
特異な行動をとる子どもたちに対して
大人たちが監視をするときがある。
学校では仕方ない面もあるのだが、
怖い目付きで監視をするのは悪意のシャワーにならないのだろうか。
難しいことであり、綺麗事に聞こえるかも知れないが、
愛でつつまないと人は育たないのではないかなあ。
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Posted By taga on 2018年12月9日
仙台親塾、次回は2月20日【水】です。
「学校での新しい課題や疑問を、こう考えよう」
ということで、なんだかよく分からない今の学校、これからの学校のこと。
アクティブ・ラーニング。
道徳、英語、プログラミング教育。
外国人問題。
多くの方がここ数年で不安に思う中学での自殺案件には、親としてどう対していくか等。
さまざまな問題にアドバイスできればと考えています。
申し込みは下記から。
https://www.kokuchpro.com/event/9255089a5b062dea4be3e0bf72ab22ba/
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仙台親塾 2月です。 はコメントを受け付けていません
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Posted By taga on 2018年12月6日
今回のポイントは「群読」だった。
そこに入る前に授業計画を一部変更した。
子どもたちの音読のスピードが思ったよりもゆっくりしすぎていたからだ。
急遽、予定変更して、「僕の後に同じスピードで同じ所を読む。」という活動を入れた。
このリズムで読まさないと、教材の力が出てこないから。
さて、32人を8人ずつ4つに分けて「群読設計図」に書き込んで
誰がどこを読むかを決めていく。
子どもたちの実態が分からないから、正直不安だったが、
子どもたちはちゃんと話し合っていく。
ここしばらく投げ込み授業をして感じていることがある。
子ども一人一人への事情や特性を知らないで
授業をするのだけれども、
テンポとムードで「あの子」も動いていくことが多い。
「あの子が初めて発言したのを見ました」
ということが起こるのは
僕が斟酌も忖度も配慮もせず
なんの先入観もないからだと思う。
つまり、こちらで子どもを規定せずに「やらせてしまう」ことで
「やってしまう」ということが起こることもあるということだ。
投げ込みだからこそ、できることがあるということだ。
担任の若い先生は
「正直、嫉妬しました。」
と言っていたが、彼が話し合うベースをつくっていたからこそ、できたことだと思う。
最後にグループ別に群読の発表と評価をしていった。
担任の先生が
「ふだんは一人で読むなんて考えられないのに、〇〇くんがちゃんと読んでいたこと。
あんな笑顔を見たことがなかったので、絶対にあの笑顔を忘れません。
僕があいう笑顔にできるようにがんばります。」
と言う。
「△△君との関係がよくなかったのですが、
僕が勝手に彼の可能性をうばっていたんだなあと思わされました。」
とも言っていた。
こんなふうに子どもたちを見てくだされば、
授業をしたかいがあるというものだ。
明日から毎日、『お経』をするんだろうなあ。
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広島での授業 2 はコメントを受け付けていません
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Posted By taga on 2018年12月5日
広島の比治山小学校の3年生に
授業をさせていただいた。
『夕日がせなかをおしてくる』をという指定があった。
苦手な教材だったけれども、これを良い機会だと
一から教材研究して臨んた。
スタートは自己紹介からの早口言葉
「生麦生米生卵」を見た瞬間、子どもたちは
「なあんだ、そんなのちょろいよ。」という反応。
言われてみると、確かにすらすら。
「甘いな。そんな程度じゃすまないよ。」
と言って
「七生麦 七生米 七生卵」を出すと、とたんに「エーッ」という反応。
ここから、急に子どもたちがのってくる。
続いて「赤カピバラ 黄カピバラ 茶カピバラ」が出てくると楽しそうに失敗している。
そして、「キャロライン チャロンプロップ キャリーパミュパミュ」で
最高に盛り上がる。
これでつかみはOK。
『なんでやねん』絵本で「なんでやねん」の練習。
動作化も入れて、リラックスは完璧。
そこで、坂田寛夫の『お経』を配る。
楽しそうに読む子どもたち。
「お経と言えば、何がいるかな?」
と言って、トライアングルと木魚を取り出すと、
最高潮。
ポクポク・・・チーンを入れて『お経』の音読。
もっとやりたそうな子どもたちに
じゃあ、これは君たちにしばらく貸してあげるから、明日から先生と一緒にやってね。」
と言って、
「同じ作者の阪田寛夫さんの『夕日がせなかをおしてくる』を読みますよ。」
と、タイトルを板書した。
ここまでで20分。
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Posted By taga on 2018年12月3日
悪質な企業では、
社員に対して圧倒的な力の差を背景に
不平等な契約を結ばせる。
・成果をあげなければ、給与の減額。
・辞めるときは三か月分の給与返上。
等といった約束を強いられる。
社員の方は、立場が弱いために
仕方なく不平等な契約を
心ならずも結んでしまう。
そして、そのことで苦しめられる。
これを「ブラック企業」と言う。
保護者は子どもに対して、ときどき
「この前約束したでしょ!」
「絶対にしないと、約束したよね。」
等と言うことを言う。
これは、圧倒的な力の差をバックにして
「約束」と言う言葉で不平等な文言を取り付けているだけだ。
「約束」は対等の立場でこそ、成り立つ。
「約束」を無理やり結ばされる子どもたちの思いはかき消されている。
これを「ブラック・ママ」と言う。
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Posted By taga on 2018年11月15日
高学年ばかり担任していたので
初めて一年二年と持ち上がったベテランの先生。
いつもにこにこしている。
僕が
「先生、いつも楽しそうですね。」
と言うと、
「いやあ、先生。ほんまに毎日かが幸せですわ。
この子たちのためなら、なんだってできるという心境です。」
と言われた。
高学年の子どもたちへの愛情だって、変わらない。
だけども、
どうしても高学年の担任ばかりしていると
心がすそんでくることがある。
今どきの進学校の高学年は、しんどいということだ。
きれいごとではない。
いかに愛していても、しんどいときがあるのだ。
ときどき、低学年担任して
小学校教育の原点を再認識してほしい。
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