多賀マークの教室日記

教育にかかるよしなしごとを、つれづれなるままに・・・。
「教育」というと、力の入った人か、アウトサイダー的な方かの両サイドが目立つ。
僕は、港と山にかこまれた神戸という風土で肩を張らず、妥協もせずに見つめてきた目から、今を語りたい。

「だあっ会」

Posted By on 2016年12月27日

前の職場のメンバーと「だあっ会」。
久しぶり。
まる一年ぶりかなあ。

昔話に花が咲く。
あの頃はよかった話だが、
たまにはいいんじゃないかな、楽しいから。

30年も前のこと。
摩耶山の遠足に3,4年生合同で出かける日。
僕は運動場で窪みに足をとられて捻挫。
足が腫れてきたので学校待機。
3年の担任も体調不良で一人がお休み。
つまり、二人の先生で120人の子どもたちを引率して出かけた。
2時間ほどしてから、JR灘駅から電話がかかってきた。
僕が出た。
「あのう、甲南小学校さんですよね。
たくさんの子どもさんたちが無賃乗車されたんですけど・・・。」
なんのことか初めは分からなかったが、
どうやら、3,4年生は住吉駅から灘駅まで料金を払わずに行ってしまったらしい。
あわてて駅まで支払いに行った。
後で聞いたところ
二人の引率の先生たちは、お互いに相手が払っていると信じていて
堂々と駅の改札を通り過ぎてしまったらしい。
120人の集団無賃乗車なんて、いまだとニュースになってしまうかもしれない。
おおらかな時代。

運動会のダンスで初めて担当させられ、
子どもと一緒に踊れと先輩に言われて
「こんなの素面でできないぞ。」
と、二人で職員室の冷蔵庫にあった夏みかん酒をぐい飲みして
運動場に飛び出して行ったこと。
ラロ・シフリンの「キングコング」ダンスだった。
これも、今の時代なら問題になったろうね。
「運動会で小学校教師が飲酒して指導・・・」
とかなんとか。

なんか楽しくない時代になったねえと
三人で笑いながらの4時間。
心の洗濯になる。

障害者差別解消法を現場でどう考えているか

Posted By on 2016年12月25日

 「合理的配慮」というものをどうとらえるのかということについては、
学校現場を回っていて、捉え方がまちまちなことに気づく。
学校というところは、法律を解釈していくことの苦手な場所だと思う。
典型的な例をあげると、中学の部活動。
法的な根拠が全くないことなのに、当たり前のように行われている。
僕はそのこと自体に批判はないが、欧米ならあり得ないこと。
法律とは別の原理で動くのが学校現場なのだ。

 スロープをつける等の設備としての合理的配慮などははっきりしているので、
どの学校でも考えるし、保護者と話し合って合意することは比較的可能である。
 しかし、「あの子」に対する指導の仕方が合理的配慮を欠くとは、どういうことなのか?
合理的配慮を欠いたらどうなるのか?
ということまでは、現場の教師たちは考えていないことが多い。
「立ち歩いていたら、びしっと怒鳴りつけて座らせろ。」
と豪語する父性の強い教師は、
怒鳴りつけられて怖いから不登校になる子どもが出たとき、どうするのか。
「あの先生が怖いから学校にいけない。」
と言われたら、どうするのか。
どこにも合理的な配慮はない。
一つ間違うと訴えられかねない。
そういうところをきちっと研修しておかないといけない。
当事者の保護者の方は法律をよく御存じなのだから。
 学校の研究授業の学習指導案には「あの子」に対する指導を書きましょうと、いくつかの指導校では話している。
学校としてメンタルな合理的配慮にも心配りしているという姿勢を見せるのである。

障碍者からの視点

Posted By on 2016年12月24日

NHKのバリバラを視ていた。
迷惑な健常者の言動を取り上げていた。
障碍者もいろいろだから、
人によってとらえが違っていることもあるだろう。
NHKのバリバラに出演する障碍者は、
世の中に向かって開いている人たちだから
主張がはっきりしている。

同じベースに立って見てほしいということだ。
顔を背けたり、
別のところへこそこそと移動したりということは、
本人は配慮しているようだけど、実は差別していることに他ならない。
「そういうふうにしたくなる気持ちもわかる。」
と言っているうちは、この温度差は縮まらない。

それにしてもNHKはすごいなあ。
某テレビ局の「〇〇は地球を救う」を批判して
パロッていた。
僕もあの24時間なんちゃらという番組は見たくない。
障害のある人ががんばって障害を乗り越えようとしている姿に感動・・・
というのは、苦手。
結局、障碍者をフラットに見ていないということだと思う。

インクルーシブ教育は、お互いをフラットに見ていく構えを育てる。
そのためにあるのだと思っている。

私は根が素直だから

Posted By on 2016年12月23日

飯塚市の市長と副市長が
昼間に賭け麻雀をしていた件。
内容もよくないが
会見が最悪。
こういう対応でもその人が見えてしまう。

「私は根が素直だから・・・。」
というような言い方にはカチンとくる。
素直だから、損をすると言いたいのだ。
こういう言い方をする人は
申し訳ないが、全く信用できない。
自分で自分の性格を語って
それを言い訳にするパターンの人。
僕の知っている方は、
「僕はお人よしのО型だから、損をする。」
と、ことあるごとに言っていた。
しかし、僕はその人が損をしているのを見たことはない。
その人が損をしているのかどうかは、自分が判断することではない。
他者が考えることなのだ。

なんでもかんでも「〇〇ロス」

Posted By on 2016年12月22日

「福山ロス」から
「逃げ恥ロス」に「真田ロス」など・・・。
別にそうなる人はそれでいいんだけどね。
引っかかるのは、
なんでも終わったらロスというのはいかがなものか。

大ファンが結婚してロスというのは、
勘違いは別としても、分からないでもない。

でも、ドラマの「ロス」というのは、
なんか変だなあという気持ちになる。
余韻というものは、
「もう少し続いてほしい」
という思いにあるのではないか。
余韻を楽しむという感覚ってなくなっちゃったのかなあ。

と、つまらない呟きをしたくなった。

一つの方法だけは危険

Posted By on 2016年12月21日

講演の後、授業についてのおたずねがあった。
「国語の授業では、一つのやり方で通した方がいいでしょうか。
それともいろいろな方法を持ち込んだ方がいいでしょうか。」

僕の答えは
「一つのやり方だけでやっていくのは危険ですよ。
いろいろな子どもたちがいるから、別のやり方の方が合う子どももいます。
一つの単元でころころとやり方を変えると、子どもも混乱しますから
単元の間は一つの方法を貫く方がいいでしょう。
一年間を通して一つのやり方で言葉の学習をしていくのもありだと思います。
そして、新しいやり方に出会うと刺激的で、子どもが成長するきっかけにもなります。」
ということだった。

この先生は若手ではないから、よく理解していただけた。
若い先生は一つの方法に出会い、感動すると、
それがすべてだと思い込みやすい。
そして、他の方法に対して懐疑的になる。
子どもを見とる力も
授業の深みも
なんにもわかっていないのにのめりこむ。
危険だなと思う。
こういう方は成長していかないだろう。
有名にはなるかもしれないが、
幅のない学びから発する言葉の浅さには永遠に気づけない。
うちわや仲間からの賞賛と励ましを受けて
勘違いはどんどん進んでいく。

おそらく、こういう僕の意見すら
「古い」とか「時代遅れ」とかいう感覚でとらえてしまう。
若いうちはいろいろとやってみるのが良いと、僕は思う。

島木譲二さん逝く

Posted By on 2016年12月17日

喫茶店に入って、
アルミの灰皿を見つけたら、
隣のテーブルの灰皿も取ってきて
「ほい。」
と、こわもての友人に渡す。
すると、頭にコンコンと当てて・・・。
まじでやっていた。

関西人の定番、ポコポコヘッド。
ほんとにくだらないばかばかしいギャグ。
このばかばかしさが、堪らない。
これを馬鹿にする人は関西人じゃない。

この数年見ていなかったのは
ご病気だったんだなあ。
ご冥福をお祈りします。

僕の嫌いな言葉

Posted By on 2016年12月8日

見ていて不快な言葉がある。
最近の筆頭は、
「さすがです。」
である。

この言葉は、SNS上でよく見かける。
何かウイットのある表現に出会って
「なるほど、さすがですなあ。」
は、あり。
「さすがに・・・だ。」
というのも、あり。
「さすがに」という言葉を全否定するものではない。

でも、だいたい誰かの投稿に対して
「さすがです。」
と来る。
これは、媚に近い言葉だ。
僕には卑しい言葉に響く。

お引越し

Posted By on 2016年12月5日

お隣さんがお引越しのご挨拶に来られた。
ここ30年くらいは、住んでいらっしゃらなかった。
うちが連絡先になっていたから、
そのお礼に来られた。

子どもさんが重度の自閉症。
今、その言い方が適切かどうかはともかく、
言葉はほとんど使えない。
西宮、神戸を転々と転居された。
「どこでもひどい目に合いました。」
と、おっしゃる。
「ようやく、家族三人で引き受けてくださる場所を見つけました。」
「あまりのバッシングのひどさに、おかしくなりそうでした。」
「多賀さんは教育者としてたくさん本を出していらっしゃるから、
ぜひ、そういう資料を見てください。」

重い言葉だった。
いろいろなことが、頭をめぐる。
本当に重い。

ちょっと一服

Posted By on 2016年12月4日

月曜に、尼崎の小学校。
火曜に、赤穂の小学校。
水曜に追手門から守口の小学校。
木曜に、追手門から、仙台へ。
金曜に、午前中は親塾。午後から鶴谷東小学校。
土曜に、親子読み聞かせと絵本のセミナー。

久しぶりの完全休養日。
朝から離れない犬と一緒にだらだら。
「多賀先生は体力ありますね」
とか、
「お体大丈夫ですか」
等と言われるが、
僕の体調が良い理由は、はっきりしている。
ストレスがゼロであること。
これに尽きる。

後、美味しいものを心ある人たちと一緒に食べるからかなあ。

ちょっと一息入れて、
今やっていきたいことに没入する。