多賀マークの教室日記

教育にかかるよしなしごとを、つれづれなるままに・・・。
「教育」というと、力の入った人か、アウトサイダー的な方かの両サイドが目立つ。
僕は、港と山にかこまれた神戸という風土で肩を張らず、妥協もせずに見つめてきた目から、今を語りたい。

悩みはインクルーシブ

Posted By on 2019年5月13日

愛知で若い先生方の悩みを聞いた。
やはり、圧倒的に発達障碍の子どもたちへの対応に苦しんでいる。
教室で暴れる。
奇声を発する。
教室から飛び出していく。
極端に学力がつかない。
様々な子どもたちへの対応に悩む。
ベテランも苦しんでいること。
日本中で、そうなんだよなあ。

いたましい事件

Posted By on 2019年5月11日

大津の保育園児が車の衝突事故にまきこまれた件。
なんともいたましい。
はっきり言って、引率の先生方や
園の体制そのものに問題があったとは思えない。
園児たちを守ろうとしていた。
どのように考えても、完璧な形なんてあり得ない。
結果的に悲惨なことになってしまったら、責任を問はれる。
それも仕方ないが
防ぎきれないこともある。

だったら、外に出すなという話になる。
校舎にいても、ヘリコプターが落下してきたら、どうしようもない。
「ある程度」までは生きているということはリスクを伴うということだ。

SNSの投稿に
「保護者の方に、引率の時はちゃんとしてください。」
というようなことを言われたと、愚痴っている幼稚園か保育園の先生がおられた。
「園に責任があると思っているのか・・・」
ともおっしゃっていた。
その気持ちはわかるが、
あんな事件が起こったら、同じ子どもを持つ保護者が
不安になるのは当然だ。
そのお気持ちを汲んで話し合っていくという姿勢が大切なのだと思う。

不運としか言いようがない。
園児。
子どもの人生はここで終わり。
合掌。

生活リズム

Posted By on 2019年5月2日

10連休の明けが心配。
子どもたちはきっと生活リズムを崩している。
この時期の10連休なんて、過去に例がない。
できれば、最後の日は生活リズムを立て直すことを考えよう。
朝早く起きて、散歩等をして体を動かす。
そうすれば、夜は自然と眠くなる。

教科書を音読したり、
日記などを書いたり、
計算問題をしたり、
次の日に学校へ向かうための暖気運転をする。

できれば二日間するのがいいが、
せめて前日ぐらい。

同期

Posted By on 2019年4月29日

久しぶりに私学の国語部の四人組がそろった。
気のおけない仲間。
ほぼ同い年。
全員が元国語部代表委員。
みんな元気だ。
まだまだやる気満々。
同期の頑張りには刺激を受ける。
酸いも甘いも経験して今を生きる。
そして、全部を笑いにして進む。
それこそ、若手の手本だと思った。

忘れえぬ絵本

Posted By on 2019年4月26日

キンダーブックだったかなあ。
カラスが主人公で、
羽が新聞紙でできていた。
いつもページの↗️にカラスが現れて
誰かと会話していたような気がする。
それしか覚えていない。
ただ、長い年月をへても
カラスの新聞紙の羽は
頭から消えない。

老害

Posted By on 2019年4月24日

同年代の友人たちといつも言うのは、
「老害にはなりたくないなあ」
ということだ。
老害とは、年寄りがしゃしゃり出て
迷惑になったり、中堅や若手の台頭を抑えたりすることだ。

僕が講師などで頼まれたとき以外には私学の大会に参加しないのは
老害をおそれるからだ。
授業研究会の隅っこに座っていても
「多賀先生、ご意見を伺わせてください。」
と、最後にあてられる。
意見はあるよ。
みんなの知らないことを僕は知っているから。
話し合っていることの先に何があるのかも知っている。
でも、それを言ってはおしまいなんだ。
話し合っていることそのものに意味があるから。
懇親会では、
「一言お願いします。」
と言われる。これも、嫌だ。
挨拶は、現在の委員がすればよい。

一番大事なことは、僕自身が学究の徒であり続けることだと思っている。
そうすることに興味がなくなったら、
引き際だと思っている。

ボーリング場の閉館

Posted By on 2019年4月21日

神戸のスカイレーンが閉館らしい。
なんと懐かしい。
えっ、まだやっていたの?というのが正直な感想だ。
そのボーリング場は、僕の母校高取台中学校の向かいにある。

長田高校に通っていた時、
物理の先生が全く生徒を見ていないことに気付いた僕らやんちゃ仲間は
一番後ろの席に5人で集まって、出欠の返事をしたら外に出ていくという
脱出劇をしていた。
そして、スカイレーンに行き、
100円の学割で2プレイ。
その後、一貫楼で豚まんとラーメンを食べて
前もって注文をとっていた他の友だちの豚まんも買って帰ってきた。

そんなことしていたから、二浪もしたということはない。
一緒にボーリング行っていた友人の中には医学部一発合格もいる。

スカイレーンがまだやっていたんだと思うと、
変な元気が出てしまう。(笑)

学校文化の全否定⑵

Posted By on 2019年4月17日

黒板けしを子どもにさせることはおかしい。
という話が出てきた。
子どもの仕事ではなくて、教師の仕事だからだという理由だ。
実にくだらない。
どうでもいい。
そこに教師個人の考え方があれば、それでいい。

それでは、掃除は子どもの仕事なのかな。
「自分の使ったところをきれいにするのは当たり前では?」
と思うかも知れない。
その理屈は世界共通ではない。
学校の掃除を子どもにさせるのは、世界でも仏教圏の国だけである。
世界の当たり前ではない。
僕は世界に合わせろと言ってるのではない。
日本は日本でいいからだ。
ちなみに、アメリカで教室で、教師がゴミを子どもに拾わせたら、
清掃組合と保護者の双方から訴えられるそうだ。
掃除そのものにも、いろいろな考え方があるということだ。

一年生の最初は先生が消している。
そのうちに子どもが
「先生、消してもいい?」
と聞いてくる。
消したら背の届かないところは、残ってしまう。
そういうものだ。

学校文化の全否定

Posted By on 2019年4月16日

最近、学校文化を見直そうということが言われる。
それはすべきだと思う。
でも、やりすぎてないだろうか。
卒業式を簡略化しろということを言いすぎる。
長ーい卒業式をずっと子どもたちに堪えさせていくというのは
問題かも知れないが、
少しは子どもが我慢して厳かな儀式の間座っていることは、
ダメなことだろうか。
こういうと、
「発達障害の子どもたちにとっては苦痛ですよ」
と言われるかもしれない。
僕はがまんすることは必要だと思う。
特性のある子どもたちに配慮して、全ての活動を楽なものにすることには反対だ。
その子に応じて配慮すればいい。
練習も長くする必要もない。
しかし、卒業式が厳粛で静かに座っているものであって、何が悪い。
外国ではそんなことはしないという人たちがいる。
「海外では・・・」
「アメリカでは・・・」
辟易する。
ここは日本。
日本の文化があっていい。
文化とは合理的なものではない。
めんどうなものだ。
例えば、建国300年に満たないアメリカの文化と比べて
向こうの方がいいというなら、
移住すればいい。

ともかく、見直しはけっこうだが、
見直し過ぎは問題あり。

『きれいごと抜きのインクルーシブ教育』が4刷りになった

Posted By on 2019年4月15日

この本がそんなに読まれるとは思わなかった。
それだけ、みなさん困っているのだろう。
■きれいごと抜きのインクルーシブ教育⑶
 連休の後半、5月5日です。
 インクルーシブ教育で最大の問題となるのは、発達障碍の子どもたちが学級という枠の中でうまく生活しにくいということです。
特にパニックになったり他者への迷惑行為があったりすると、教師もどうしていいか分からなくなります。
また、ご家庭やおうちでも、そうした行為への対応が難しいということも聞きます。
そういう子どもたち思いを捉え直して、具体的にどのようなてだてがあるかを考える会です。
今回は子どものパニック行動に対する対応の仕方について具体的なてだてを各地で講演しておられる廣木道心さんの新著出版記念もかねて、
話していただきます。南惠介、多賀の三人で濃く語りたいと考えています。

■ 日時 2019年5月5日
 13時半~14時 オープニングと「今、学校で問題となっていること」多賀
 14時10分~14時50分 「インクルーシブな学級の作り方」南
 15時~16時20分 「自傷・他害・パニックは防げるか」廣木
 16時20分~16時40分 三人でのトークでさらに深める

■ 場所 神戸三宮コンベンションセンター 507  兵庫県神戸市中央区磯辺通2-2-10 ワンノットトレーズビル5F
■ 参加費 2000円
■ 懇親会 三宮の近くで。参加費は4000円
■ 廣木道心
護道 宗家/護道介助法 創始者/介護福祉士/訪問介護員/移動介護従事者/医療福祉専門学校 講師/DTPデザイナー
/2児の父。自閉症で知的障がいがある息子から様々な学びを得る日々を過ごしています。 

※ 申し込みは下記から
 https://www.kokuchpro.com/event/a6af9a3b25e53d86f6d21ceb7897c1a1/