多賀マークの教室日記

教育にかかるよしなしごとを、つれづれなるままに・・・。
「教育」というと、力の入った人か、アウトサイダー的な方かの両サイドが目立つ。
僕は、港と山にかこまれた神戸という風土で肩を張らず、妥協もせずに見つめてきた目から、今を語りたい。

『国語科授業づくりの深層』

Posted By on 2015年6月3日

堀裕嗣さんとの本が完成した。
二人で、やりとりしながら作った本。
国語教育のことを真正面からとらえて作っている。
イラストなど、一切ない。

読み物としてもおもしろいという声をいただくが、
僕らが読み直していてもおもしろい。

正直、これくらい読めなくては、
国語なんて教えることはできないだろう。
僕も普段の語り口調とは違った書き方で
堀さんに触発された文章になったと思う。

この本は、僕らが国語授業者に問う本である。

過剰刺激

Posted By on 2015年6月2日

堀裕嗣さんとの「二人会」が終わった。
今回、堀さんは、今、自分の教室でしていることを
持ってきた。
やはり、勢いがある。
圧倒的な教材研究と磨かれた国語力で
授業を支配している。
この「支配」というのは、
暴君でも独裁者でもない。
【堀さんの見かけはそうだけど】
子どもを主役にし、子供ひとりひとりに応じた「場」を提供している。
何回も一緒にしているが、
今回は特にすごさを感じだ。
一つ違うステージに上がった感がある。
ここまでの刺激を僕に与えてくれる先生は、そんなにいない。

今回のセミナーの参加者は、得したと思う。
来年度も、またやろうと思っている。

現場主義

Posted By on 2015年6月1日

僕は徹底した現場主義者だ。
現場の実情に合わせてものを考えていく。
現場に必要なものは何か。
困っていることは何か。
子どもたちは、どうなっているのか。

そこから、僕の理論は全て成り立っていると言って良いだろう。

現場に対しての尊敬の念を持った学者もいれば、
自分の理屈に現場を合わせようとする学者もいる。
前者とは議論が可能だが、
後者とは、話しても意味がない。
自分の書いたものを読めとかいう姿勢だからだ。
生産的な会話ができない。

ともかく、教育は学校現場で行われているのだ。

現場にいられるのは後数年かも知れない。
そうなると、僕はどうするんだろう。
昔の名前で出ています的なことはしたくない。
そのことも含めて、今の自分の勉強の仕方があるのだと思う。

そのときになったら、次の課題を見つけてバタバタしているかも知れない。
ワーカーホリックだから。

大学での講義

Posted By on 2015年5月31日

久しぶりに緊張したのが
大学生相手の講義。
卒業前に教師になる直前指導はしたことがある。
それは緊張しない。
3回生となると、話は別。
その子たちに何が必要なのか考えねばならない。
そして、連続して講義するので、
学生達をつかみながらの講義になる。

書くことを通してのリフレクション。
協同学習をさせながら、その意義を話す。
90分をいかに構成するか、
悩む。

いい経験にはなるが、
めずらしくプレッシャー。
何度も計画を書き直している。
こういうことは最近なかったので、
いい刺激になる。

出口での教師教育に触れるということは、
入り口での教師教育を奨めている僕には、
大きなプラスとなる。

ボツになった原稿

Posted By on 2015年5月30日

 ある事情でボツになった原稿。
自分では気に入っているので、アップした。
夏休みに人生が変わったことがテーマ。
少し長いけど、全文。

「デカダンスへのノスタルジア」
             多賀 一郎
 別に夏に人生が変わるなんてこともなかった僕は、最も心に残った夏休みについて書こうと思う。

① 二浪の夏

 二浪していたときの夏休み。予備校に通っていたから、一応夏休みなんだけど、受験生だからバカンスとしての夏休みはなかった。
「♪恋しちゃならない受験生
やけのやんぱち石なげた~」
という高石ともやの歌をやけくそで口ずさんでいた。
 一浪のときは、仲間が百人以上いた。僕の通っていた高校は進学校で、運動クラブをしていた連中は、ほとんど浪人を選択肢に入れて受験するので、それだけの浪人がいたわけだ。
 ところが、二浪となると、急にごくわずかになる。そこまで寂しさを感じるとは思いもよらなかったので、少しダメージはきつかった。
「こんなことなら、すべり止めを受けるべきだった」と後悔しても、もう遅い。長い一年となった。
 悶々とした気持ちで受験勉強も亀の歩みで過ごしたまま、夏休みに突入した。
 大学生となった友人たちが帰ってくる。大学の話を聞きながら、どんどん笑顔で落ち込んでいく自分がいた。
 もちろん恋はご法度と自分に言い聞かせて、華やかなところには顔を出さなかった。
 そんなときにふとしたことからアルバイトに入ったのが、ジャズ喫茶。アングラで、これまで僕の歩いてきた世界とは全く違うデカダンの匂いの漂う世界。
 ここに集う人たちは、一枚のレコードが買えてその日の焼き鳥が食べられたら、それで十分だという人であったり、ちょっと大丈夫かなと思うような人であったり、少しだけアウトローなムードに浸ってみたい女子大生やキャバレーのバンドの人たち等、多種多様。
 上昇志向や立身出世的なものが中心の前向き世界にいた僕にとって、おそろしく危険な香りのする、魅力的な世界だった。
 勉強の他にすることは何もない僕は、毎日のようにバイトに入ったり、バイトじゃない日も通ったりしていた。
 
② 音楽は人生を変える

 ジャズという音楽はどこか退廃的で、夜の世界の匂いがする。
 今とは格段に日本人のミュージシャンのレベルは低く、世界の音楽シーンの素晴らしさに酔いしれた。
 マイルス。デイビス、ハービー・ハンコック、ケニー・ドリュー、チック・コリア、セシル・テイラー・・・。
 僕のこれまでの音楽人生に存在していなかったサウンドは、しだいに僕の心を蝕み、麻薬のように染み入ってきた。
 音楽は人生を変えるとは、本当にあるものだ。神戸と言う街は、ジャズ喫茶の多い街で、いろんなジャズ喫茶にも足を運び、がんがん鳴るコルトレーンのサックスを聴きながら、受験勉強していた。
 よくそんなことで神戸大学に通ったものだと、我ながら感心する。
 
③ 視野が広がる

 さて、僕はジャズ喫茶の世界に足を踏み入れたために、これまでの考え方が一変した。
 こういう所に出入りする人種は落ちこぼれた人たちだと、思っていたからだ。母の差別的な言動の影響もあったのだろう。僕はそういう意味では、エリート意識の強い、鼻持ちならない奴だったのだと思う。
穴倉みたいなところでジャズを聴いている人たちが、いかに人間的で、豊かで個性的な、そして優しい人たちであるかを、僕は学んだ。
もしも現役で大学に入って、教師にすんなりとなっていたら、僕はいつまでも視野狭窄の高慢教師であったかも知れない。(今でもその可能性があるという声は無視して)
そして、今は当時の仲間とはもはや会うこともないが、僕の人生ではあり得なかったような夜の生活が、人生観を変えた。
深夜まで食べ歩いて、友人の家に大勢で転がり込み、ぼろぼろのアパートで演奏会して近所の方にどなりつけられたり、ジャズ喫茶を閉めてから鍵を開けて忍び込み、どんちゃん騒ぎをしたり・・・。
それでも、人生について将来について悩みもある。
バイトしながらベイシストを目指していたTさんが、一緒にご飯食べていた時に、
「多賀君、僕ももうすぐ三十になる。いつまでもこんなことしてたらいけないことは、分かっているんだ。」
と、ぼそぼそと語った姿は忘れられない。
 Tさんは、「君も、ここに浸っていたらいけないんだよ」と、暗に教えてくれていたのかも知れない。

④ 幅のある教師

 僕が、あの夏を中心として学んだことは、結局、人生はいろいろなんだという幅であったように思う。
 そして、人は見かけだけでは何も分からないんだということも、同時に教わったのかも知れない。
 今でも、ライブハウスやジャズ喫茶に行くことがある。それはただの趣味の世界なんだけれども、ときどき、僕の人生での特別な時間のことを思い起こすために行くのかも知れない。

卓袱台返し

Posted By on 2015年5月29日

堀さんに
「多賀さんは、ときどき卓袱台をひっくり返すようなことをする。」
と言われた。
確かに、
僕はときどきやってしまうんだよなあ。

プライドが高すぎるのかも知れない。

自分が大切にしているものを否定されたら、
じゃあ、勝手にしろってなっちゃうんだなあ。

でも、自分の人生、
もう自分の思うように生きていく。
僕はそう決めたのだから。
他人に迷惑をかけない限り、
アリだと思う。

堀さんは
「人のこと言えないけど」
と、付け加えたけどね。

インクルーシブ教育実現のアクションプランを考えよう

Posted By on 2015年5月28日

インクルーシブ教育実現のアクションプランを考えよう
~リフレクションを通してインクルーシブ教育の理論と実践を結びつける~
主催:株式会社LITALICO & 一般社団法人コアプラス
開催日時 7月25日(土)13:00~17:00
イベント内容 13:00~13:15 開会あいさつ・アイスブレイク
13:15~13:45 インクルーシブ教育とは(野口晃菜)
13:45~15:15 パネルディスカッション
「日本におけるインクルーシブ教育の課題~実践に焦点をあてて~」
15:15~15:30 休憩
15:30~16:30 グループワーク
「自身の実践と結び付けながら課題の整理・アクションプランを考える」
16:30~16:50 各グループがアクションプランを発表
16:50~17:00 閉会

詳細 発達障害、貧困家庭、性的マイノリティ、家庭環境...
現在学校をはじめとした教育機関では、子どもたちの多様なニーズにこたえることが求められています。
そんな多様なニーズにこたえていく教育はどのようにしたら実現できるのでしょうか。

本セミナーでは、インクルーシブ教育に関する基礎知識を共有し、実現に向けた課題について、パネルディスカッションを行います。その後、参加者ご自身の実践と結び付けながら、共に実践についてのプロセスを考えます。
最終的には、実現のための課題リストを作成し、各参加者が実行できるアクションプランまで共に考えます。

指導員 野口 晃菜(のぐち あきな)
株式会社LITALICO執行役員/筑波大学大学院博士課程

モデレーター:
武田 緑
一般社団法人コアプラス代表理事/京都外国語大学非常勤講師

パネリスト
・上條晴夫先生 東北福祉大学教授 
・多賀一郎先生 追手門学院小学校講師
・平野智之先生 大阪府立高校教員 
・木村彰宏先生 奈良市立小学校講師/認定NPO法人Teach For Japan
対象 養護教諭、特別支援教育コーディネーターなど、
幼稚園・保育園・小学校・中学校・高等学校等で子どもの教育・支援に携わっている方
定員 150名
参加費 事前受付 4,320円[税込](7月23日締め切り)
当日受付 6,480円[税込]
※事前受付の方は、7月23日(木)までのお申し込み、お振り込みを原則とさせていただきます。

会場 京都大学 吉田キャンパス 本部構内 総合研究8号館3階 大ホール
(〒606-8507 京都府京都市左京区聖護院川原町53)
アクセス 最寄りバス停は「百万遍」「京大正門前」です。

・京阪電車「出町柳駅」より 17系統/201系統/203系統にて、約10分
・阪急電車「河原町駅」より 201系統にて、約25分
・地下鉄烏丸線「今出川駅」より 201系統/203系統にて、約10分
・JR/近鉄「 京都駅」より 17系統/206系統にて、約35分
・地下鉄東西線「東山駅」より 201系統/206系統にて、約20分
申し込みは下記から

http://leaf-school.jp/renkei/post-3.html

石巻へ行きます

Posted By on 2015年5月27日

7月の仙台ツアー。
今年は、2日に親塾。
3日は、石巻の学校へ。
そして、4日喉曜日にセミナーをします。
東北のみなさん、よろしければ。

■ 多賀先生と言えば、国語教育の第一人者として有名ですが、「親塾」を開催し保護者への心配り、そして、ヒドゥンカリキュラムの著書があるように学級づくりに関してもプロフェッショナルです。
下のプログラムでもおわかりの通り、半日で多岐にわたるお話をいただけそうです。
「学級を育てる国語の授業」「教師の聞く話す」「保護者対応のポイント」という3つの講座が楽しみです!
ぜひ、この機会をお見逃しなく!!

テーマ「学級を育てる国語の授業〜国語の授業づくり〜」

■日時 平成27年7月4日(土) 13:00~17:00 (受付開始12:30)
■場所 河北総合センター(ビッグバン)/会議室2・3
■定員 25名 (先着順)
■会費 3000円
■講師 多賀一郎
神戸大学付属住吉小学校を経て私立小学校に長年勤務。元日本私立小学校連合会国語部全国委員長。現在、追手門学院小学校講師。専門は国語教育。親塾を神戸と大阪で主催して、保護者教育に力を注いでいる。また、教師塾やセミナー等で、教師が育つ手助けをしている。絵本を通して心を育てることもライフワークとして、各地で絵本を読む活動もしている。
 『はじめての学級担任4 1から学べる!成功する授業づくり』 『小学校国語科授業アシスト これであなたもマイスター!国語発問づくり10のルール』『ヒドゥンカリキュラム入門―学級崩壊を防ぐ見えない教育力―』(明治図書)『子どもの心をゆさぶる多賀一郎の国語の授業の作り方』『全員を聞く子どもにする教室の作り方』『今どきのこどもはこう受け止めるんやで』(黎明書房)など、著書多数。
 ブログ「多賀マークの教室日記」も好評。
(明治図書 教育Zineより引用抜粋)

■内容
第1講座 教師の聞く話す
第2講座 学級を育てる国語の授業
第3講座 トラブル対応・保護者対応のポイント
Q&A

http://kokucheese.com/event/index/286778/?fb_action_ids=648132675320842&fb_action_types=og.comments

校内研究への向かい方

Posted By on 2015年5月26日

今年度は、10校へ年間指導に入らせて頂いている。
学校によって実情も年齢構成も違う。
環境が違うのだ。
それらに対して、全て同じ姿勢で臨むことはできない。
優秀なリーダーが引っぱっている学校もある。
その場合は、僕はその先生をアシストするだけで良い。

若い先生方が多くて、
なかなか指針が難しい場合もある。
もうワンステップ、別の研究会の在り方を模索している場合もある。
そうした場合には、僕はファシリテーション型の研究会を提案する。
そして、先生方に経験して頂く。
基本は聞き合いである。
話し合いは、ディスカッション。
勝者と敗者ができてしまう。
聞き合いは、ダイアローグに近い。
考え方が違うのだ。
それは体験しないと分からない。

研究会を変えると、若手が主体的に考える。
学校力がボトムアップするのだと考えている。

授業の見方

Posted By on 2015年5月25日

私学の大会で授業を観て回った。
中村健一さんも同じところを観ていることが分かって
うれしかった。

授業全体の流れは観ていない。
子どもに先生が何をしているのかを観ている。
指示をした後、子どもたちがどう動いているのかを
きちんと観ているのかどうか。

音読で声がでていないのに、そのまま。
子どもの反応はスルー。
それではコミュニケーションがとれない。

子どもとのやりとりの光る先生の授業には
安心感が漂う。

学習者は子どもなのだから、
子どもを見るのは当たり前。
それのできていない授業を「すばらしいです」と言う先生も又
授業を観る目がない。