多賀マークの教室日記

教育にかかるよしなしごとを、つれづれなるままに・・・。
「教育」というと、力の入った人か、アウトサイダー的な方かの両サイドが目立つ。
僕は、港と山にかこまれた神戸という風土で肩を張らず、妥協もせずに見つめてきた目から、今を語りたい。

東京で1月17日に堀さんと語ります。

Posted By on 2015年10月18日

『学級づくりの深層』出版を記念して、学級について、学校について、
北海道の中学教師堀裕嗣と関西の小学校教師多賀一郎が本音で語ります。
同時に、二人が今課題にしている「スクールカースト」「11月の荒れ」「教師の力量形成」などについても、踏み込んでいきます。
10時~「学級づくりの深層を語る」・・・同調圧力、次年度に荒れるとは等
堀・多賀が50分ずつ語る。
1時10分~2時 多賀「11月に学級が荒れる」
2時10分~3時 堀「スクールカーストを考える」 
3時15分~4時30分 対談「教師の力量形成について語る」
場所 飯田橋
参加費 4000円(『学級づくりの深層』1冊分を含む。)
懇親会、近くで4000円程度

申し込みは、コクチーズから。
http://kokucheese.com/event/index/345059/

11月に荒れる その4

Posted By on 2015年10月17日

先生を見切ってしまうから

悲しいことだが、
子どもたちは半年近くつきあってくると、
担任の教師というものを見抜いてしまう。
「この先生なら、このぐらいのことをしても、大丈夫。」
と、いわゆる教師をなめた子どもというものも増えてくる。
学級の中で力を持った子どもたちが、学級の足を引っぱるということが起きてくる。

それから、子どもたちが先生に合わせていこうと協力していても、
先生がそれに応えられなくて、
「もう無理だ。この先生とはやっていけないよ。」
という感じになってしまうこともある。
もちろん、こういうことは、十一月に限ったことではないだろう。
どの時期にも起こりうるときではあるが、
子どもたちのリミットが十一月頃にピークを迎えるようなところがあるようだ。

十一月後半から寒くなるから~11月の荒れ その3

Posted By on 2015年10月16日

十一月後半から寒くなるから

 寒さと何の関係があるのかと思われるかも知れないが、
心と気温とは大いに関連がある。
僕は「親塾」を主催しているが、
そこで保護者の皆さんによく語ることがある。
「子どもたちの心を温めるために、まず、身体を温めてあげて下さい。
暖かいものを飲んだり食べたりしたときに、ほっとしませんか。
身体が温まると、心まであったかくなるような感じがしますよね。」
と、温かくすることが大切だと語るのである。
気温が低くなると、当然、身体も冷たくなり始める。
十一月までは「涼しい」という程度の感じだったのが、しだいに冷たく感じるようになってくる。
そうなると、心もゆとりがなくなり、寒々しく感じるものなのである。
さらに、これまで夕方、家に帰るまではとても明るかったものが、薄暗くなってくる。
日照時間が少なくなるのは、どうも子どもたちの気持ちにも影響を与えているように、僕は感じている。
このような外的な要因によって、子どもたちの心がゆったりとできなくなり、
健全な姿は薄くなる子どもが増えてくるわけである。
僕は、部屋を暖かくして、子どもたちも温まるということをしてから、
大事な話をするように心がけていた。

行事が多いから 11月の荒れ その2

Posted By on 2015年10月15日

春に実施する学校も増えてきたが、
まだまだ運動会は二学期序盤の大きな行事である。
学校によっては、学習発表会や文化祭と呼ばれる行事を二学期の後半に持ってくるところもある。
秋の大遠足もあるね。
そのほかにも地域のイベントと生活科や総合科をコラボさせた行事を持ってくるところもある。
読書週間や交通安全週間なども多く、芸術の秋として音楽鑑賞会などを企画するところもある。
こう見てくると、行事の圧倒的に多いのが二学期なのである。
行事が多いと、どうなるのか。
まず、日常とは違うことが多くなるので、ともかく落ち着かないものになる。
子どもも先生も同じ。
さらに、行事のための準備・練習が入ってきます。
例えば運動会を例にとると、正規の体育の時間だけではとうてい足りないので、毎日のように練習時間が入る。
四六時中ばたばたと移動しなければならないし、疲れも強くなる。
先生の指導に熱が入ると、厳しさが前面に出てきて、叱責や大声をあげることが増えてくる。
これらが、全て子どもたちのストレスになっていく。
忙しいものだから、普段の生活習慣は確実に乱れてくる。
先生もその辺りがいい加減になりやすくなる。
それでも、目標が具体的にあるので、運動会まではなんとかのりきっていけるものである。
問題は、その後。
疲れがたまり、ストレスがたまった子どもたちの生活習慣が崩れているのである。
その状態にある子どもたちに対して、運動会などが終わってほっとしたときに、
「さあ、今から生活を立て直すぞ。」
等といっても、なかなか動けないでだろう。
しかも、宿題をきちんとしない、少し授業に遅れてくる、授業への集中が弱い、そうじが適当になる等と、生活習慣がおかしくなっているのである。
よけいにきちんとする方向へ向きにくくなる。
こうして、学級が荒れ始める。
運動会は特にそれが顕著に現れる行事だと思う。
運動会の練習をしながらのふだんの生活をいかに「当たり前」にしていけるかが、
荒れを防ぐポイントの一つだと思う。

どうして十一月に危機が高まるのか その1

Posted By on 2015年10月14日

尼崎で年間指導助言に入っている公立小学校の研究担当の先生からメールの連絡が入った。
「毎年、十一月になると学級がしんどくなってしまう傾向があるので、
学級経営や学年経営のような話をしてもらいたいです。
以前セミナーでうかがった学習規律十か条や問題行動への対応の話をしてください。」
とのことだつた。

どうして十一月に危機が高まるのか。
それは、いくつもの原因があると考えている。

① 二学期は長丁場だから
 年間二学期制の学校も含めて、九月から十二月にかけての学期はもっとも長いものになる。
一学期は三か月、三学期に至っては二か月しかない。
八月の終わりに二学期をスタートさせる学校も増えてきた昨今、二学期はまるまる四か月もある。
それだけあれば、かなりのことができるようになる。
時間をかけてじっくりと子どもたちと一緒に生活していけるわけだから。
逆に、先生による差がどんどん広がっていく恐れも大きいわけだ。
小さな穴がどんどん大きくなっていき、取り返しのつかない状態にまで育ってしまうことがある。

そして、人間というものは、必ずだれてくるものである。
子どもたちだってそう。
長丁場をおくっていくときに、途中でだれてくる。
「だれる」という言葉は、「気持がゆるむ。緊張がゆるんで締まりがなくなる。」という意味。
先生も十一月頃にだれてくる。
なんとなく力が入らない、気合いが入らないという状態になる。
それが、学級を崩し、荒れさせていく要因ともなっていく。

教えた通りを求めるのは、そんなに悪いことだろうか

Posted By on 2015年10月13日

ネットで、
ある算数のテストの採点について、
批判がたくさん出ている。

8×7=56
との答えに対して、赤ペンで
「なにこれ?」
と、書いた先生に対するもの。

8+8+8+8+8+8+8
とするのが正解らしい。

一年生かな。
習っていないから、先生がこう書いたことに対して
「解き方はいろいろあるものなのに」
「習ったことしか使えないのか」
と、非難囂々である。
でも、僕はなんか違うような気がする。
この先生がどういうつもりで書いたのかは分からないけれど、
じゃあ、小学校の問題を子どもが全部代数で解いても
丸にするのかなあ。
そんなことしたら、ますます学校の算数の授業が軽んじられないのだろうか。

僕は
「教えた通りでないものは×にする」
と言うときもあるよ。
解き方を教えて、それができているのかどうかを評価するのなら、
それでもいいのじゃないかなあ。

下記のところが原文。

http://togetter.com/li/883399

休憩

Posted By on 2015年10月11日

久しぶりの完全休養。
新しい本の原稿も仕上げて、
ほっと一息。

昨夜から、ずっと読書三昧。
これが僕の休憩。

文学の匂いのするものを久しぶりに読んだら
予想通り、その毒に当たってしまった。
文学には毒がある。
曽野綾子の毒。

短い中で、よくこんな毒を吐けるものだなと思う。

西陣

Posted By on 2015年10月10日

昨日うかがった中学校は、西陣にある。
千本今出川辺りかな。

町並みが京都だ。

今年は山科の大学に行っていたし
京大でインクルーシブもした。
長瀬君の結婚式は京都駅だった。
だから、久しぶりでもないのだけれど、
ああ、京都の町並みだなあと改めて思った。
ここは、京都のど真ん中。
京都そのものなんだね。

ちょっとしたカフェや独特の音。

その分、先生方は苦労が多いかも知れない。
でも、ぶらつくにはいい街だ。
駄菓子やさんに「おもちゃ」の看板。
ゆっくりと歩きたい感じ。

この辺だと、観光客もまばらで
しかも、青い目の方がほとんど。
爆買いするとこもないからかな。

ということで、聖護院を買って帰った。

自己肯定感

Posted By on 2015年10月9日

今日は夕方から京都へ向かい
公立中学校で先生方に話させて頂く。
小中連携で話させて頂くことはあっても、
中学単独では初めてだ。
堀さんや晋さんみたいなこわもてばかり並んでいたら
怖いなあと思っている。笑笑

タイトルは「自己肯定感~協同学習」。
ほとんどが自己肯定感の話になる。
僕の知っている話をするしかない。
子どもの事実をしっかり語る。
そこにはウソはないから。
でも、求められている話かどうかは分からない。
一期一会。
先生方にとって無駄な時間にしたくないなと
緊張している。
講演で緊張するのは、久しぶり。

音学

Posted By on 2015年10月8日

音楽の研究授業を観た。
僕には音楽の専門的なことは分からないから、
グループのあり方とリフレクションについて少し話した。

まじめないい授業だった。
ベテランの落ち着いた授業。

ただ、僕のようにちょっと外れた人間から見ると
もう少し子どもたちが楽しそうにやっていても
良かったかなとは、思った。

音楽だけが「学」ではなく「楽」という字を使う。
音学ではなく、音楽なんだから。
この授業、僕がしたら、
子どもらは楽しみ過ぎて収拾がつかなかったかも知れない。

ところで、子どもたちの歌った「赤い屋根の家」。
指揮をしたことがあって、
なんだかいろいろと思い出して、一人感傷に浸っていた。
音楽にはそういう面もある。