多賀マークの教室日記

教育にかかるよしなしごとを、つれづれなるままに・・・。
「教育」というと、力の入った人か、アウトサイダー的な方かの両サイドが目立つ。
僕は、港と山にかこまれた神戸という風土で肩を張らず、妥協もせずに見つめてきた目から、今を語りたい。

全員病

Posted By on 2015年7月3日

子どもが30人いたら、
30人全員ができてほしいと教師は願う。
誰しもそう願う。

しかし、それを要求しすぎると、
子どもたちは苦しむ。
あるとき、僕のクラスで2週間宿題を全員が出し続けた。
「すごいね。2週間だよ。
でも、明日誰かが忘れても、責めたらだめだよ。」
同調圧力にならないように行った。
そうしたら、子どもたちは
「そんなこと言ったら、心の中の花が枯れちゃうよ。」
と言った。

全員ということは、同調圧力を伴い勝ち菜ことだと
いつも頭に置いておかねばならない。
だいたい、
「全員が達成しました」
と自慢する教師は、自分のために教育している場合が多い。

僕は「全員」には、いつも懐疑的だ。

「新しい」言葉に食いつき病

Posted By on 2015年7月2日

新しいことに反応するのは、
若さの特権だ。
年寄りは新しいことに懐疑的になりがちだ。

インクルーシブ
クリティカル・シンキング
アクティブ・ラーニング
コンピテンシーベース
ファシグラ
グローバル
ユニバーサル・デザイン
ケース・メソッド
・・・・

特に横文字を連発する若手には、僕は疑問を持ってしまう。
例えば、上のいくつかの横文字は、僕も使っている。
ただし、それを漢語に落とし込んで考えている。

横文字だけではない。
新しい言葉に飛びつくように実践している(?)若手がいる。
なんでもやってみようとする前に、今やっている一つのことをとことんやってみてから
次を考えるべきだ。
そうしないと、子どもたちに失礼だろう。
よく考えずにしようとするから、
すぐに転向してしまうのだろう。

完璧病

Posted By on 2015年7月1日

若いときは、ついつい完璧にしてしまいたがる。
仕事が完璧なことは気持ちが良いものだ。
完璧を目指すのは悪いことではない。

本当にそうだろうか。

人間の営みに絶対や完璧はあり得ない。
精密機械ではないから、
人間は面白いのだ。

完璧にできたときに
疑問を持たないと、
何かが欠落している可能性もある。

教育は人間の営みであるということは、
いつも頭に置いていたい。

本の会

Posted By on 2015年6月30日

8月30日に
神戸で
毎年恒例の「本の会」をする。
ここは、完全に僕が語る会。

本のソムリエとして、
本を読み聞かせしながら、
人生で思うこと
子どもだけに限らない教育の話
心の持ち方などを語る。

ここは、僕の本の原点の場。

毎年、この会のために、箱に本を入れていく。
何冊かたまったら、
今年のテーマが自然とできている。

一番アウェイ感のない場。

もしも参加希望があれば、僕に直接胃って下さい。
どなたでも参加可能。

老犬

Posted By on 2015年6月29日

母親犬の方は、まもなく14年になる。
病気持ちで
長いこと患ったまま、ここまで生きてきた。

耳もほとんど聞こえないし、
光もかすかにしか感じていないようだ。

困るのは、僕以外の人に触らせなくなってきたこと。
かみついてくる。
僕が鼻元へ手を持っていくと、
ぺろぺろなめてきて、体を触らせる。
毛をすくのも、耳をそうじするのも、目やにをとるのも、
僕にしかさせなくなっている。

何日も家を空けることがあるので、
困ることだ。

生きるモノは、年老いていく、必ず。
いつかは命の火は消える。
最期のときが少しでも長くなることを祈るばかりだ。
しかし、同時に僕は命というものを学んでいるのでもあると思っている。

若手教師の陥りやすい病

Posted By on 2015年6月28日

某出版社の編集長が
「「力」本に続く出版界のトレンドは「病」本ですか。なんだかなあですが。
「父という病」「家族という病」「教育という病」…。」
なんて書いていたのに触発されて、若手教師の陥りやすい病をあげてみた。

① 完璧病
② 「新しい」言葉に食いつき病
③ 全員病
④ 宿題病
⑤ 子どもとのコミュニケーション不足病
⑥ 「最高の・・・」連発病
⑦ 簡単に落ち込み病
⑧ マニュアル病
⑨ 明るさ病
⑩ 肯定病

若いときは、生意気でいいし、
何も分かってないから進める良さもある。
でも、上の10項目は、「怖いなあ」という気持ちにさせる病気。

ま、10年たっても同じことしていたら、成長してないってこと。

チョベリバ、トレンディ、うざい

Posted By on 2015年6月27日

一時、世の中を席巻した言葉がある。
チョベリバ、トレンディ、うざい・・・。
さて、今、いくつ残っているだろうか。

アクティブ・ラーニング等の話になったとき、
「新しい考え方についていけない教師がいる。」
という言葉を聞く。
その度に、そういうことを思う。
確かに、『おじいさんのランプ』になってはならない。
新しい考え方を見極めて取り組まないと、
役に立たない人間になってしまう。

ただ、「見極めて」いない教師が多すぎるのではないか。
見極めるには、そのための根拠となる哲学や学問が必要だ。
そういうものがいらないと言うならば、
小学生でも学校教育のリーダーとなれる。

国語教育については、特にそんなことを思う。
あまりにも国語を学ばない人たちが薄い薄い国語の授業をして
子どもたちに力がついたと錯覚している。
でも、一つ間違うと「老害」になるから
新しい考え方、実践方法について謙虚に学ばねばならないんだけど・・・。

国語教育の深層をさぐる

Posted By on 2015年6月26日

関西の小学校教師多賀一郎と北海道の中学教師堀裕嗣の二人が
「国語科授業づくりの深層」出版を記念して、
国語教育についてさらに深める会を開きます。
近年、国語教育の方向性が彷徨っているような風潮があります。
一石を投じられたらと二人で国語を論じ合います。
一日、国語教育について考えてみませんか。

日時 9月13日【日】 10時~16時
場所 お茶の水女子大附属中学校
内容   9時30分 開場 10時00分 開会    
10時00分~10時50分『小学校国語教材研究の視点』多賀 一郎 講座
11時00分~11時50分 『中学校国語教材研究の視点』堀 裕嗣 講座
13時00分~14時00分 『模擬授業を通じて考える中学国語』堀 裕嗣 講座 
14時10分~15時10分 『模擬授業を通じて考える小学国語』 多賀 一郎 講座 
15時20分~16時30分 鼎談 渡辺光輝 VS 多賀 一郎 VS 堀 裕嗣 『これからの国語教育』 
◆ 参加費は無料ですが、資料代として、別途3000円いただきます。
◆ 定員 30人
申し込みは下記サイトから

http://kokucheese.com/event/index/310400/

逮捕報道

Posted By on 2015年6月25日

朝、ゆっくりしていたのでワイド番組を見ていた。
下半身を露出した男の逮捕劇の話。
ここまでトップニュースとして実名報道しなければならない事件なのかなあ
と、思いながら見ていた。

笑ってしまったのが、
次の言葉。
「下半身を露出していたとは思えないほど
真面目な男の姿」
この表現の裏にあるのは、
真面目な男は、下半身を露出などしないという論理である。

それは犯罪や反社会行動に対する認識の甘さではないだろうか。
ふだん真面目に暮らしていない人なら、
下半身を露出して当たり前なのだろうか。
僕は、逆だと思うなあ。

子どもたちに生活指導していたときによく言った言葉。
「不審者、怖い大人は、
見るからに危ないなあという人は少ないんだよ。
普通の人に見える人に、怖い人はいっぱいいる。
ともかく、知らない人に話しかけられたら・・・・」

千歳での本のソムリエを終えて

Posted By on 2015年6月24日

千歳で開催した「本のソムリエ」
僕はこの名称が気に入っている。

「この料理には、このワインが合いますよ。
少し濃いめの味付けに対して
すっきりとしたテイストが
食を進めます。」
というようなことを、本でもやっていきたい。

こんなときに、
こんな絵本はどうですか。

そういうことを勧められると
なんかいいなあって。

学級だけでなく、
人生においても、本のソムリエになっていきたい。
これは、僕のライフワークの一つでもある。

千歳には、本を大切にする人たちがたくさん集まってきた。
それぞれのみなさんが、本というものへの思いを持っていて
それが独特の会のムードを醸し出していた。
来年もやれたらいいなと思う。