多賀マークの教室日記

教育にかかるよしなしごとを、つれづれなるままに・・・。
「教育」というと、力の入った人か、アウトサイダー的な方かの両サイドが目立つ。
僕は、港と山にかこまれた神戸という風土で肩を張らず、妥協もせずに見つめてきた目から、今を語りたい。

愛は目に見えるもの

Posted By on 2023年12月28日

 学校に毎日髪の毛がぼさぼさのまま来ている子どもがいました。
ぼさぼさの髪は、きたないイメージを与えて、いじめられる要素にもなりかねないのです。
 「子どものことは大事に思っているんですが、忙しくて、髪の毛をブラッシングしてやる時間がとれないんです。」
という言葉は、おかしい。
 愛しているなら、どんなに忙しくても、我が子の髪の毛ぐらいは整えてあげるべきなのです。
 それのできない親に、子どもを愛していると言う資格はありません。
 こどもを 愛しているというのならば、そのことを形にして子どもに伝えましょう。
 物をプレゼントすることではありませんよ。
愛情を物で表現すると、世の中のことは、全て物で解決するのだというメッセージを子どもに与えかねません。
 子どもに「愛しているよ」とか「大好きだよ」という言葉をかけましょう。
かけ続けるのです。
 日本ではこのような直接的な表現は気恥ずかしくて、なかなか定着していないのですが、
今は、そういう愛情言葉を、直接子どもにかけていく時代だと思います。
 そして、小さい頃は、ぎゅっと抱きしめてあげましょう。ぬくもりで愛情を伝えるのです。

子どもを愛するということ

Posted By on 2023年12月26日

  昔、「ある愛の歌」という映画がありました。
日本でも大ヒットした映画で、映画館で号泣する人が続出しました。
その映画のラストシーンで、ライアンオニールが、病気で亡くなった彼女を前にして父親が
「結婚を認めなくて悪かった。」
と謝った時に、言った言葉が
「Love is not to say sorry」
という言葉なんです。
 翻訳では「愛とは列して後悔しないこと」という言葉になっていました。
 でも、違うんですよ、意味が。
これは、「愛していたら、ごめんなさいとは言わないものだ。」という意味なんです。
 息子は父親に、
「あなたは今謝るけど、自分を愛していたら謝るなんてことは決してない。つまり、あなたの愛は本当の愛ではなかったんだ。」
と決別の言葉を言っていたんです。
 僕が言いたいのは、子どもを愛しているというならば、今、愛しているということを、ちゃんと目に見える形で示すべきだということなんです。
 エーリッヒ・フロムは、名著「愛するということ」の中で「愛は目に見える」と言っています。
「この子を愛しているんです。」
と言いながら、忙しいから子どものことを放っておかざるを得ないのならば、子どもは愛されているとは思いません。

 魔法の言葉掛け

Posted By on 2023年12月25日

 「子どもを変える魔法の言葉」みたいなタイトルの本って、たくさん出ていますよね。
言葉一つだけで、子どもが変わったら、誰も苦労はしませんよ。
 そうはいうものの、確かに、子どもの心にストンと入ってしまうような不思議な言葉があるんです。
 たった一言で、子どもの人生に大きな影響を与える言葉もあります。
 日本は言霊の国です。昔から、言葉に魂や目に見えない力、霊力があると信じられてきました。
 例えば、受験生のおうちで、朝、お父さんが廊下で滑って、
「ああ、すべったあー」
なんて言ったときに、
「縁起の悪いこと言わないで。ほんとに受験で滑ったら、どうするの?」」
なんて家族に叱られたりしますよね。
 ウェディングケーキには、「入刀」と言います。ケーキを切るという言葉はけっして使いません。
縁が切れるにつながるからなんですね。
 日本では、昔から、言葉には不思議な力があると信じられてきたんです。
どんなに今、問題行動を起こしていても、「あなたは大丈夫。」と言い続けていれば、本当に大丈夫に育つんです。
 言葉のマジックを有効に使いましょう。

環境が子育てを

Posted By on 2023年12月24日

 双子を使っての研究というものが、いくつか行われてきました。
全く同じ遺伝子を持ち、同じ資質を持っている二人でも、環境の違うところで育つと、
違った面が出てくるんです。
 人は環境によって、変わるということです。
 環境の要素とは、さまざまなものがあります。
 まず、家庭環境、これが一番大きいですね。
親の存在というものがとても大きい。 
 それはそうなんですが、
親が一生懸命に子育てしていても、大
声出して叱責したりしなくても、
暴力的ではなくても、
子どもがうまく育たないで、問題行動ばかり起こしてしまうということもあるんです。
 そんなときは、「自分たちのどこがいけないんだろう」と悩みますよね。
そういうときは、他の人たちの力を借りるのがいいんですよ。
問題行動の要因を親が作ることは圧倒的に多いのですが、子どもとの相性というものもあるし、
独特の子どもの個性というものもあって、自分たちがこれまで抱いている教育が通じないときもあるのです。

子どもの個性

Posted By on 2023年11月5日

 みなさんは、自分の個性はこういうものだとはっきり言えますか?
もし言えたとしても、それって正しいんでしょうかねえ。
 だいたい、自分で「私はこんな人間です。」という人がその通りの人だったなんて、めったにお目にかかったことありませんよ。
 僕も、自分ではいいかげんで大雑把な人間だと思っているんです。
でも、保護者の方は、
「多賀先生は細かい。几帳面だ。」
とおっしゃいます。
 個性は人が評価するものでもあるんですね。本当のところは分かりません。

 さて、個性は、特性であって、良いことでも悪いことでもありません。
見方一つで行為の意味は変わるんです。
 例えば、「細かいことにこだわりすぎて、しつこい」という子どもがいたとします。
この見方は、マイナスの捉え方ですよね。
その見方を変えると、「粘り強くて、研究熱心だ」ということになりませんか?
「無神経で鈍感だ」という見方はマイナスですが、この見方を変えたら、
「細かいことを気にしない、おおらかな性格だ。」
と、プラスに転じませんか?
 個性は、プラスの方向から光を当てることで、輝くんですよ。その子がプラス方向へ伸びていくのです。

普通のこどもなんていない

Posted By on 2023年11月4日

「お宅のお子さんは、ちょっと普通じゃない」
と言われたって、その地域や学校という社会の中で、マジョリティには入らないというだけなんです。
 そのうえで、ですよ。普通の子どもっていると思いますか?
 どんな子どもでも、細かく見ていくと、いろいろと変わった部分も持っているものなんです。
 ある意味、「普通の子ども」なんていないんです。
自分の子どもが普通かどうかなんて考えて思い悩むのは、ナンセンスだと思います。
 この子はどんな個性を、特質をもっているのかなという感覚で子どもを見ていくべきだと思います。

 普通というラインを勝手に大人が引いて、そのラインから子どもを見ていくから、いろんなところが足りないと感じてしまうんです。
ゼロベースで子どもを見ましょう。何かが足りないとみるのではなく、
「この子はどんなことが得意なんだろうか?」
「この子の集中するのはどんなことかな?」
と見ていくんです。
何かが足りないのではなく、何ができるかなんですよ。
 何かが足りないと思ったら、それをなんとかフォローしようと考える、これが違うんですよ。
上にラインを設定して、そこから子どもを見ないようにしましょう。

ふつうって何?②

Posted By on 2023年11月3日

ふつうって何?②

 両親のそろった家庭に生まれて、小中学校もまあまあの成績で、友達も何人かいて、高校もそこそこの学校を出て、
いじめたりいじめられたりすることもなく、大きな挫折も経験しないで、親からも暴力暴言を吐かれたことがない。
まあまあの大学を出て普通に就職して、そこそこの給料をもらう。
適齢期に好きな人と結婚をして、子どもももうけて、持ち家も持つようになる。
 これが「ふつう」の人生です。こう考えると、普通って、難しいでしょ。
「普通」の人、普通の子どもなんて、本質的にはいないんですよ。

 一つ目の人たちの世界に我々が入ったら、「2つ目のおかしい人がいる。」と言われて気味悪がられ、
つかまって動物園に入れられるかもしれませんよね。
 つまり、普通というのは、マジョリティのことなんです。
その社会や集団において、マジョリティが普通で、マイノリティが普通じゃないということなんです。
 ですから、社会が変わったら、普通も変わります。
 日本人の普通は、海外では非常識にもなることがあるんです。
 だから、子どもたちに「普通」を強制する意味はないんですよね。

 ふつうって何?

Posted By on 2023年11月2日

       ふつうって何?
「ふつう」ってよく使う言葉ですよね。
 障害があるかないかは関係なく、自分の子どもについて「うちの子、ちょっとふつうじゃないかも?」と思って不安になることってないですか?
 また、他人から「お宅のお子さんは、普通とは違うことをしますね。」
と言われたら、我が子を否定されたような気になって、腹を立てたりします。
 人は「ふつうでないこと」に関しては、敏感なんです。
 では、ふつうって、何でしょうか?答えられますか?
具体的に「こういうのが普通の子なんだといえますか?

 学校において、「あの子は普通の子どもだよ」と言われる子どもたちがいます。
 教師は、特に何かに劣った子ども、勉強ができない。
運動が得意じゃない。
問題行動を起こす・・・。
そういう目立つ子どもには、まず、目がいきます。
この子どもたちは「普通の子」とは思われません。
また、優れた子どもにもよく目が向きます。勉強ができる。
よく意見を述べる。リーダーシップがある。こういう子どもたちには、自然と目が向きます。
それら以外の子どもたち、つまり、よくも悪くも特別目立たない子どもたちを「普通の子」と呼ぶんです。
 教師の目が行き届かない子どもが「普通の子」なんです。

子育てのヒント  悔やまなくていい

Posted By on 2023年11月1日

悔やまなくていい

 子育ては、うまくいくという実感の薄い営みです。
 あのとき、ああやっていたら良かったんじゃないか、とか、ああ、こうやっていたらうまくいったんじゃないかって、思うこともあります。
後悔先に立たずといいますが、本当に子育ては考えだしたら、後悔することがたくさんです。
 でもね、考えてみてください。
あのとき、ああやっていたら、もっとひどいことになっていたかも分からないんですよ。
 子育ては、いつも暗中模索です。
 そして、子育ては覚悟がいるんです。
子どもが将来どんな人間に育っても、それは全部自分のしてきたことの結果だと受け止めるだけの覚悟が必要なんですよ。
 どこかのお子さんが東大に入ったから、その親のしたことを学んで、全くその通りにしたら、自分の子どもも東大に受かるなんてことは、絶対にないですよね。
だって、子どもの資質も、親の資質も全部違っているのですから。
 子育ては、自分と我が子に合った道を、一緒に手をつないで歩んでいく道なんです。
しんどいときもあるけど、楽しい道なんです。子育ては、楽しんでほしいと思います。

 子どもを励ます言葉

Posted By on 2023年10月23日

 子どもを励ます言葉
 子どもをストロークする言葉、つまり励ます言葉というものがあります。
 「ありがとう」という言葉を、子どもに伝えていますか? 
親が感謝の言葉を子どもにたくさん、それこそシャワーのようにかけていると、自然と子どもも感謝の言葉を口にするようになります。
 卒業式で、先生や来賓など、挨拶する人が、口を開けば「親や先生に感謝しなさい。」という言葉を言います。
 僕はこれが大嫌いなんです。
感謝って、強要されるものではないですよね。
自然と心から沸き起こってくるものですよね。
 日頃から感謝を口にすることの方が、ずっと大切だと思うんです。
 次に、「どうってことないよ。」という言葉。
 失敗したって、どうってことない。ミスしたってどうってことない。
そういうメッセージを子どもにかけてあげましょう。
 人生は、チャレンジの連続なんです。失敗なんて山ほどするんです。
そして、それも人生を豊かにしてくれる大切な要素なんですよ。
 そういう思いを込めて、子どもに「どうってことないよ。」
と言ってあげたいですね。