カタカナ言葉というものは・・・

Posted By on 2013年1月11日

岡田崇先生によく言われた。

「多賀さんは、カタカナが多い。

日本語を使ってほしい。」

 

その僕が、このごろの教育におけるカタカナ言葉に、少々ついていけなくなっている。

 

かたかな言葉は、日本語らしいのだろうか。

その一点において、悩む。

 

メディア・リテラシー  ディスカッション  ダイアローグ

ファシリテーション  マネージメント  ライフヒストリー

コミュニケーション  コーチング  ミーティング

セッション  ユニバーサルデザイン  グラフィック

ワールドカフェ  ボランティア  カウンセリング

 

僕は、全部まとめて「いいのかなあ」と思っているわけではない。

① 最後の3つのように、他に言い換えられない言葉は、ある。

② 例えば、「ディスカッション」と言ったときに、「討論」と訳していいのかどうか。

「議論」や「話し合い」「聴き合い」の方が適当な場合もある。

③ 「マネージメント」の中の「リスクマネージメント」は「危機管理」だろうが、

後者に比べて、軽い感じがしないだろうか。

 

国語の授業では、僕は、ひらがなや和語の感じと漢語の正確さなどを

きちんと子どもたちに伝えてきた。

では、上記のカタカナ語は、どう考えれば良いのだろうか。

従来の外来語、擬音語といった分類では、うまくいかないような気がする。

 

槇原敬之の「どんなときも」の中では

「ビル」と「スニーカー」以外はカタカナ言葉がなかったんじゃないか。

だから、心を打つと言ったら、おかしいかなあ。

 

 

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