多賀マークの教室日記

教育にかかるよしなしごとを、つれづれなるままに・・・。
「教育」というと、力の入った人か、アウトサイダー的な方かの両サイドが目立つ。
僕は、港と山にかこまれた神戸という風土で肩を張らず、妥協もせずに見つめてきた目から、今を語りたい。

友達プレッシャー

Posted By on 2023年8月28日

高学年から中学生にかけて、何が一番大事かとたずねたら、「友達」がトップに来るんです。
 おうちの方も友達プレッシャーをかけます。
子どもが友達と仲良くしているか、気になって仕方ないですからね。
 そして、我が子に友達がいない状態があると、心配でたまらなくなるんですよ。
 考えてみて下さい。
友達なんて、人生でそんなにたくさんいないんですよ。
小学校のときの友達で、いまだに深いつきあいのある人なんて、少数なんです。 
学校の先生も「友達を大切にしろ」と言います。
子どもにとって、「友達プレッシャーは、しんどいと思いますよ。
 思春期の子どもたちは、仲間から自分がどう見られているかが、気になって仕方ないんです。
それをピア・プレッシャーと呼びます。
昔からあったのですが、今の子どもたちは孤独に耐えれないし、辛抱ができないから、よけいにこのプレッシャーがこたえるんです。
 やってはいけないことは、みんな分かっているんです。
だのに、やめられないから、ものすごいストレスになります。
 そんな子どもたちに
「あなたは自分の信じたことをやりなさい」
「人のことは気にしないでやれ」
と言ったって、
「それができるくらいなら、苦労しないわ。」
「大人はわかってくれない」
と思うだけなんですよ。

友達づくりにあせらないこと

Posted By on 2023年8月27日

友達は必要です。
人は一人では生きていけませんから。友達がいないと思っている子どもは、あまり幸せではありません。
 学校で個人懇談していてよく聞かれることが、
「うちの子どもの友達関係はどうですか?」
ということです。
 しかし、友達づくりにあせる必要はないんです、低学年で友達がいないからといって、不安にならなくてもいい。 
まだ、友達には出会えていないんだくらいに考えた方がいいですよ。
 でも、高学年になっても友達のいない子どもは、まちがいなく学校生活がしんどくなります。
 
 低学年の子どもたちは、友情とか親友とか、そういう高度なことは理解できません。
単なる仲良しのことを「親友」だなんて言います。
 低学年で「親友」なんてあるはずがないでしょ。
 ちょっと親しくなったら「親友だ」なんて言われたら、
いきなり距離を縮めてこられるのですから、うっとおしく感じます。
 子ども同士の関係に保護者がからむとろくなことはありません。
けんかや意地悪があっても、ちょっと長い目で見た方がいいんです。
 この時期の子どもたちは、まだ傷つけられても、忘れてしまえることも多いのです。
子どもだけならですよ。

友達って、共に悪さをする仲間

Posted By on 2023年8月26日

友達と言うものは、素晴らしい付き合いをして、互いに成長し合っていけるもの…なんて思っていませんか?
そんなこと思っていたら、子どもについていけませんよ。
 友達っていうのはね、一緒にちょっと悪いことをする仲間のことなんですよ。
子どもたちをずっと見てきて、僕はそう思うんです。
 よく子どもの犯罪が発覚する度に、
「いい子は危ない」
って言うでしょ。
それはね、大人が「いい子」と呼ぶときは、その子が大人にとって「都合のいい子」のことなんです。
 僕の経験上、本当にいい子というのは、「友達にとって「いいやつ」のことなんです。
 「オレは恋人よりも、友達のことを優先する」
と豪語する仲間がいました。
 正直言うと、そういう人間は信用できませんね。
なぜなら、本当の友達ならば、仲間が恋人を優先したって、どうってことないですものね。
あとで関係の修復は可能だからです。
 友達と言うものは、少し距離があっても、友達なんです。
 我が子や家族よりも大切な友達なんていますか?
いないですよね。
家族の方が大切に決まっているじゃないですか。
 家族の大切さと、友達の大切さとは、次元が違うんですよ。

教え子に教育の先輩として接する

Posted By on 2023年7月27日

今日は、教え子が勤務する学校へ講演に。
二時間。
ときどき、「御前の時は、こうやったやんな。」
と語りながらの講演。
まあ、ウソや誇張は全く通じない。
だって、教師としての僕を子どもとして見ていた教え子が
聞いているのだから。
ある意味、怖い。
でも、反応は良かったかな。
「授業しにくるよ。」
「ぜひ、来てください。」
といって別れた。

東風の会

Posted By on 2023年7月23日

京都へ向かう電車。
今日は、合同研究会。
細々と続いている会。
関西の国語教育をリードする会だった。
招かれるわけでもなく
ただ参加する会だなんて
久し振り。
懐かしがる会ではなくて
前進するような会にしなくてはー。
45年目の参加で、そう思う。
下らない批判には
一言申そうかな。

ここ数日の本たち

Posted By on 2023年5月23日

ここ数日は推理小説ばかり
読んでいる。
読まなければいけない本が山積み。
なのに、読む気が起こらない。
「メグレ警部」のシリーズ。
「フレンチ警部」のシリーズ。
「倒錯のロンド」
「invarto 城塚翡翠」
「ストラングラ」佐藤青南
「毒樹の果実」大門剛明
「魔弾」松浪一夫
「灰色の階段」堂場瞬一
「殺戮の狂詩曲」
「こちら空港警察」中山七里
「夜の署長3」安東能明
「11文字の檻」青崎有吾

学級通信を禁止にするって?

Posted By on 2023年5月22日

学級通信を一律廃止にしている学校って
わりとあるんだよね。
一つの学級だけが目立つのは良くない。
全員が出すのは無理なんだから、出すのは止めてほしい。
これってどう考えても理論破綻していることだと思うんだけど・・・。
こういうことを口にする管理職は、
結局無能なんだと思う。
いい学校になんかなりっこない。
出したい人は出せばよいんだ。
出せない人は別のことで勝負すれば良い。
この理屈を進めていけば・・・
何人かの先生は子どもと外では遊べないんだから
全員が子どもと運動場で遊ぶことは禁止。
教科書をそのまま教えることしかできない先生がたくさんいるんだから
新しい教材を導入したり、
授業に自分なりの工夫をこらすことは禁止。
ということも言えるよね。
そうなると、個性的な指導というものは全くできなくなってしまい、
最終的には、全てAIを使ってスタサブを子どもたちが
ずうっとやっているだけで済んでしまうかもね。
先生はいらないってことだね。
だいたいこういうことを、さもまともなように言える管理職は
ほんとに、くだらない教育をしてきただけなんだろうなあ。

Ticktok始めました

Posted By on 2023年5月5日

ひと月ほど前から、
Ticktokをしています。
毎日1分間ずつ、
子育てのヒントなどを親向けに発信しています。

tagayan
で検索したら、出てきます。

毎日、1分間でいいので、
よろしければ、ご視聴ください。

子どもの凸凹にどう対応するか?

Posted By on 2023年4月17日

子どもの凸凹にどう対応するか
2023年5月20日(土)
暴れる子、立ち歩く子、自分の思っていることしかしない子。いろんな子どもたちにどう対応していくのかを、ホスピタルクラウンの副島先生と共に考えます。

会場 三宮コンベンションセンター
住所 兵庫県兵庫県神戸市中央区磯辺通2-2-10 

イベント詳細
教室で発達障碍の子どもたちとの対応に苦慮していることが多いようです。子どもたちの凸凹にうまくチューンナップしていけないことが原因です。今回は、子どもに焦点を当てて、子どもたちの心をどう受け止めて、どう対応していくかを考える会にしたいと思います。ゲストにホスピタルクラウンとして有名な【大泉洋さん主演の「赤鼻の先生」のモデルになった先生】副島賢和さんをお迎えして、南惠介、多賀一郎で、子どもに接する原点から考え合いたいと思います。

日時5月20日【土】9時半~16時45分

9時40分~10時10分 多賀「子どもの思いを考える」

10時10分~10時50 分 南「子どもの凸凹を考える」

11時~12時 副島「こころの声が言葉になる~院内学級の子どもたちが教えてくれた大切なこと~」

13時10分~14時20分 多賀「学級をつくることと子どもに対応することと」

14時20分~15時20分 南「子どもが居心地の良い学級をつくる」

15時30分~16時30分 副島「こころの声が言葉になる~院内学級の子どもたちが教えてくれた大切なこと その2~」

コクチーズで「子どもの凸凹にどう対応するか」を検索したら、出てきます。

「その人の前に出ると・・・」

Posted By on 2023年4月1日

僕は若い頃、生意気で理屈垂れで
人を見下しているところがあって、
子どもたちとはまあよくやっていても、
職員室では問題児だったと思う。
それがなんとかやって来られたのは、
この人の前だと素直にならざるを得ない
という先輩がいたからだと思う。

田久保先生。
同じ学校で僕と何度も学年をご一緒させていただいた。
しょっちゅう飲みに行って、午前様で学校へー。
いつも言われていたことは、
「あんたは、人を認めない」
ということだった。
その当時は、
「あんな子どものことを考えない輩に人格なんて認めない」
と思っていた。
今は、その言葉の意味がよく分かる。

次に、尊師岡田崇先生。
月に一度の例会でお目にかかって
そのお人柄にふれるだけで、
心が洗われて、次の一か月への力になった。
今日、僕の教育に説得力があるとしたら、
岡田先生の言葉を踏襲しているからだと思う。
「よく子ども理解と言うやろ。違うんや。子どもは小さな人間やで。人間理解なんや。」
という言葉を聞いた場所と共に今でも心に刻んでいる。

そして、私学の大先輩、大石先生。
僕に作文教育と絵本の世界を広げて見せてくださった。
阪神大震災のときに、おっしゃった
「多賀さん、作文やで」
の言葉を忘れることはない。
僕はとんでもないやんちゃ坊主だったけれども、
「この人たちの前に出たら素直になれる」
という方を持てたことが、
ここまでやれた要因だと思っている。