よく見よう、子どもはたくさん発信している

Posted By on 2011年11月12日

講演「ひとりひとりを大切にする授業づくり」から

その2
◆ よく見よう。子どもはたくさん発信している。

さて、子どもたちは、大人に、仲間に、いろいろな形で発信してきます。

でも、教師はその発信を見過ごしたり、とらえそこなったりすることが、よくあるのです。

三十年前の痛い失敗が、忘れられません。

三年生を担任していました。子どもたちに毎日のように日記を書かせていました。

一人の男の子が書いてきた日記が、そこに書いてある

「きょう、家に帰ると、だれもいませんでした。」

というものでした。僕は赤ペンでこう書きました。

「・・・くん、もう少し書いてほしかったな。おうちに帰ってだれもいなかったときに、どんなことを思ったのか。おうちは、どんな様子だったのかと、書けることはいくつもあったと思いますよ。」

でも、少し前から、お母さんはもう家にいらっしゃらなかったらしいのです。

彼が家に帰ったとき、いつもは、いてくれるはずのお母さんが、妹の泣き声が、全くなかったのでしょうね。
三年生の男の子には、若い担任の先生に対して、そういう言葉で伝えるのが精一杯だったのでしょう。

「家に帰るとだれもいませんでした。」

という言葉には、そういう意味があったのです。

がらーんとした家に一人で帰ったときの彼の気持ちはどんなものだったのでしょうか。
未熟な僕は、それに対して、「もっと書け」というしかできませんでした。

そんな先生には、心は開けませんよね。

彼が僕に本音を語ることは、二度とありませんでした。
それ以来、子どもの書いたことは、いつも、

その子どもの背景とともにみていかなければいけないと、思ってきました。

子どもは、書いたことや言っていることだけでは、判断できません。

ノンバーバルというものがあります。

言葉ではない言語、つまり、表情や態度や仕草で人は表現します。
特に、言葉がまだ十分に扱えない小学生ならば、よけいに言葉よりも、そうしたノンバーバルが大切になってきます。
子どもたちをよく観察しましょう。

子どもたちは、それぞれが個性的な発信をしています。

「先生、見てよ。」「先生、わかってよ。」

そんなことは口に出していわないけれども、

そういう思いで担任の先生にさまざまな発信をしているのだと思っています。

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