言語活動

Posted By on 2016年1月13日

今回の
「国語教師力を鍛える
―授業づくりステップアップの理論×方法―」
には、言語巣集うについてもむ書いている。
単元を貫かなくても問題ないんですよと書いた。

最近、「単元は貫く言語活動」を強く提唱していた方の言葉が変わってきたらしい。
理解できない。

現場では、いつも
「単元を貫かなければいけませんか」
と国語教師から尋ねられてきた。

それに対する答えをまとめている。

引用・・・国語の実践研究をしておられる先生方からよくたずねられるのが
「言語活動とは、単元を貫かねばならないのですか」
ということです。現場では、中堅以上の教師が「単元を貫く言語活動」というものに対して疑問の声をあげます。
それはなぜかというと、書物等で示される実践があまりにも薄っぺらくて、
「これでは国語の力がつかない」
と実感されておられるからでしょう。
 文科省では、言語活動を取り入れた指導事例集(『言語活動の充実に関する指導事例集』【小学校版】)を作っています。
そこでは確かに「単元を貫く言語活動」というものを掲げて、
並行読書、文章づくり等の事例が述べられています。
 ところが、その通りにしても国語の力がつかないのです。
それはなぜかというと、肝心の国語力というものに目がいかず、
教材文から学ぶべきことがおろそかになってしまうからだと思います。
 指導事例がおかしいのではなくて、形だけできても細かい国語の指導がなされなければ力はつかないということなのです。
こういう声をあげるのはほとんど国語教育に真剣に携わっている先生方であるということは、注目すべきことです。
 言語活動は全ての教科に渡って目標とされています。そうであるとすれば、
国語科においては、国語の力をつけるための言語活動を考えなければなりません。
 
 例えば、現行学習指導要領の国語、「各学年の目標及び内容」から、第1学年及び第2学年の「C読むこと」の言語活動についての記述は、次のようになっています。

   「・・・例えば、次のような言語活動を通して指導するものとする。
    ア 本や文章を楽しんだり、想像を広げたりしながら読むこと。
    イ 物語の読み聞かせを聞いたり、物語を演じたりすること。
    ウ 事物の仕組みなどについて説明した本や文章を読むこと。
    エ 物語や、科学的なことについて説明した本や文章を読むこと。
    オ 読んだ本について、好きなところを紹介すること。」

 これらを授業化するために文科省では、単元を貫く必要があると言います。
例えば読書についても本文の学習が終わってからいろいろな関連書を読むことを持ち出したら二次的な学習になってしまうので、並行読書をするのだとしています。
 その考え方自体は正しいと思うのですが、そのことを強調するあまり、単元を貫いた最後の活動に視点が偏ってしまうのです。
その結果、本体の文章の読み取りや言葉の指導がおろそかになってしまったのです。
だから、国語の先生方に子どもが力をつけているという実感がわかないのです。

 言語活動はもともと、OECDの学力調査で日本の子どもたちの自分の考えを表現する能力が低いとされたことが発端となって考えられてきたことです。
「単なる学力でなく、それを利用し熟考する能力」が弱いとされたのです。
「文学的文章の詳細な読解に偏りがちであった国語学習を改める」という意識が偏りすぎて、
教材の確かな読み取りによって国語の力をつけるという部分がごっそりと抜け落ちてしまっているということです。
数時間で薄っぺらい読解をして形だけ何かをまとめるという言語活動の学習になってしまっているのです。

 単元を貫かなくても、子どもたちに言語活動の学びは提供できます。
どうやったら、先ほどあげたような目標に子どもが到達するのかということを、考えていくべきだと思うのです。

http://www.meijitosho.co.jp/detail/4-18-210519-7

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