教師のプロ意識

Posted By on 2013年8月14日

福山憲市さんとフェイスブックでやりとりしていて、

プロ教師というものについて書きたくなった。

 

まず、アマチュアみたいな教師が多すぎる。

 

これは、長い時間仕事をするしないということではない。

仕事の時間数は、プロとは関係ない。

新鮮な魚を5時間かけて調理したって、

美味しい物にはならない。

時間をかければ良いというものではない。

 

プロは、顧客に満足してもらわないといけない。

「俺は正しいが、親が分かってくれない。」

なんていうのは、プロの言うことではない。

 

医者は、新しい技術や知識を常に取り入れていかないとやっていけないそうだ。

教師は、必要ないのだろうか。

時代とともに変わってくることというものは、ある。

社会の変化に対応できないと、

アナクロになる。

アナクロ教師はプロではない。

 

プロ意識というのは、

目標や結果を意識するものだ。

テストの結果のことだけではないが、

過程も大事だが、結果を無視したのでは、プロとは言えない。

 

「あの先生が担任したら、子どもがこう育つ」

と言われるようにならないと、プロとは言えない。

 

ただ、間違ってはいけないのは、

教育はあくまで、子どもが自分で育つことへの手助けだということだ。

 

プロ教師がまずあるのではない。

 

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Comments

One Response to “教師のプロ意識”

  1. donkey より:

    耳が痛い話です。
    精進します。