「走れ」は、胸にしみる
Posted By taga on 2013年5月23日
西宮の小学校教科研究会国語部会の助言を頼まれ、
5月22日は、今津小学校で東書4年の「走れ」の提案授業を参観。
事後研のあと、1時間ほど「教科書の単元化」についての講演だった。
この「走れ」を読むと、
僕は胸がきゅんとなる。
主人公の母親は、独りで弁当の仕出し屋さんをして家族を支えている。
学校で行事のある日は、朝はまだ暗いうちから仕事に・・・
弟が「特製のお弁当を作って」と言ったのに、店のお弁当だったこと。
それで、弟が機嫌を悪くしてしまう・・・。
母も女手一つで僕を育てた。
うどん、寿司、仕出し、お惣菜の店を切り盛りしていた。
学校の行事のあるときは、
4時くらいから、学校の先生たちのお弁当を作る。
僕の弁当も同じものだった。
友だちは、先生と同じ弁当の僕をうらやましがったが、
僕には、お母さんの手作りの弁当の方が、
よほどおいしそうに見えた。
僕には、「走れ」の登場人物たちの気持ちが
とてもよく分かってしまうのだ。
そして、
「こんなんじゃいやだ。
お店で売っているのと同じじゃないか。」
と、わめく弟と同じ言葉を、僕も母に向かって投げつけた。
「お母ちゃんのひざから、
わりばしが2つ、かさりと落ちた。」
その表現は、僕にはたまらない。
4年の子ども達には読み取れるはずもないが、
僕には、そのお母ちゃんの気持ちが、当時の母の思いに重なってしまう。
ふと、遠い昔を思い浮かばせてしまう教材だった。
この記事を読んで涙が出ました。兄貴の紹介してくれた「すみれ島」「フォルカー先生ありがとう」を読んで涙が出ました。心は、人生の深さに比例します。
泣ける私は、深い人生を歩んできたと思えました。
泣けるって、いいことだなあって、最近、思えてきた。人生の深みなんだよねえ。