「対話がクラスにあふれる!国語授業言語活動アイデア42」

Posted By on 2012年6月5日

石川晋さんの著書を読んだ。

感想は本人に届けるべきものだが、僕は、ここに公開することで、敬意を表したい。

先に言っておくが、石川晋さんとは、お目にかかったのは一度だけであるが、

書いた原稿やブログ(「スポンジのこころ」りんく集を見て)から、僕の考え方とよく似た人がいるなと感じた。

あまり自分と感覚の似た人がいると思ったことのない不遜な人間にしては、珍しいことだ。

さて、書評に入る。

まず、この本は「狗頭羊肉」である。

カバーのかわいいイラストとタイトルにだまされて手に取った人は、まず、スタートから読みにくくなるだろう。

中学の先生ということもあるのかも知れないが、研究論文のような調子で、しかも、耳慣れない言葉が並ぶ。

僕がそう感じたのは、おそらく、僕が石川さんの仲間たちの実践してきた道とは、ちがった道を歩んできたからだろう。

それが証拠に、何人かの石川さんとつながりのありそうな中学教師たちの書評では、全く違った感想が並んでいる。

 

ともかく、石川晋さんにこの本で始めて出会う人は、まず、最初をすっ飛ばして、

42ページくらいから読み始めるのが、良いだろう。ここから先は、具体的実践が前面に出て、読みやすい。

そして、多くのヒントが存在する。それらを読んでから、もう一度最初から読み直すと、心に落ちる。

僕は、そうだった。だから、175ページの本を読むのに、三日もかかった。

授業中の「たち歩き」の中からスタートして、晋さんのキャラクターから(僕から見れば彼もそれなりに強面で、そこも僕と共通した感じがするんだけどね。)

考えていった授業の進む先が、「対話」と「協同」であるという言葉は、重い。

小学校現場でも、いまや、立ち歩きは、常である。

児童という弱い存在だったから、これまで、大人のパワーである程度押さえ込んでしまえていただけ。

これからは、晋さんの言うような対話のある協同学習を取り入れていかなければならない。

 

それにしても、彼は、徹底してやってしまえている。教室のレイアウトなんて、半端じゃないよ。

これを学校現場でできたということは、すごいことだなと思っていたら、後書きで彼は、管理職に感謝を述べている。

これだな。

認めさせた彼がすごいんだが、認めた管理職もすごい。

僕なんか、教室に僕の本たちを置くことさえ、文句をつけられてきたのだから。

 

※「価値のインストラクション」というのは、なるほどと思う。

なんのためにその活動をするのか、僕も幼い子どもたちに語ってきた。そこは、ある意味、同じだ。

でも、それでも、全員が前を向けるっていうものではない。

価値の位置づけをする教師を、子どもたちがどういう視線で見つめるのか、ということが、決定的な要素としてあると考える。

そのこととも関連するが、「ライフヒストリー」ということを、晋さんたちは、さかんに言っていた。

その言葉にはずっと、違和感を覚えていたが、今回、彼の著書を読んで、納得がついたような気がする。

「価値のインストラクション」をする人間が、どういう過程を経て子どもたちに何を伝えようとしているのか、ということが重要なのだと思う。

 

※「読み聞かせ」については、僕は推進している立場だからとてもうれしいが、「静かをつくる」という言葉は、なんだかおかしい感じがする。

僕は文法が弱いからあまり言えないが、引っかかる。悪い僕の癖だね。

 

※さまざまなミニネタも含め、よくこれだけ細かいことができているなあと感心した。

晋さんが勉強し続けてきたことの証であろう。

すごいし、とてもうらやましい。

 

※この本には、小学校でも使える実践が山ほどあるが、ただやり方を真似るのでなく、

本の最初から彼が語っているように、「なんのために」という問いかけを持って大いに真似てほしいと思う。

一斉授業の限界の先には、こういう手法があるのだ。

 

なお、これは書評ではないが、晋さんや赤坂君、堀さん、健ちゃんたちには、僕は嫉妬する。

彼等は、僕よりも一回りも年下でありながら、もう、僕のできなかったような理論と実践を持っている。

自分は、ここまで何をやっていたのかと焦ってしまう。

 

 

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